夕空を眺めて
昨日今日の、雲と空と夕陽が織りなす情景ときたら、思わず見とれてしまう美しさだ。台風が列島を縦断して、大気を浄化してくれた恩恵とも言える。
新幹線がゆっくりと速度を落として米原駅に近づいた時、ふと、窓いっぱいに広がる空が視界に入り、息を飲んだ。もくもくとした量感のある雲が遙か彼方まで続く。雲がたっぷりと水分を含んで重そうだ。
翌日つまり今日の夕方、帰京する新幹線の窓から見た夕焼け空もまた美しかった。放射状に雲が広がり、光がそれらの雲をオレンジ色に照らす。
空を見るのが好きで、航空機でも列車でも空いていれば必ず窓側をとる。ずっと景色を眺めているわけではないけれど、日常と異なる景色を見るのが好きだ。絵に描きたい衝動に駆られることもしばしばだ。
過酷な強制収容所で美に目覚める
日常でのんびりと景色を眺めて、その美しさを楽しむなんていうのは、私みたいな絵描きか写真家、それとも心にゆとりがある人だけだと思っていた。が、生きるか死ぬかの切迫した状況に置かれた人でも、神秘的な風景や美に触れることが〝生きる心の糧〟になることを、最近読んでいる本で知った。
生きるか死ぬかの…、というのは、第二次世界大戦時のアウシュビッツ強制収容所での生活のことである。オーストリアの精神科医、ヴィクトール・エミール・フランクル(-1997)は、自らの収容所での体験を小説などの著作の中に綴っているが、そこには、私が関心を抱いている「美」についての興味深い記述がある。
その前置きとして、如何に収容所での生活が過酷で、人々が限界状況に置かれていたかを少し説明したい。アウシュビッツ収容所はポーランドにあった。冬は極寒で、当然ながら大部屋に暖房はない。就寝時、人々は密着してひとかたまりとなり、9人でわずか2枚の毛布をまとって眠る。日中は屋外に出かけて重労働をさせられ、食事はほとんど具のないジャガイモのスープ。生きていくためのギリギリの量。誰かが亡くなると、身ぐるみをはがし、物品を奪い合う――地獄の光景。
疲れを忘れて夕陽を見つめる
しかし、そんな環境の中でも、「芸術や自然に関するきわめて強烈な感性も目覚めた」(フランクル)という。以下は『フランクルに学ぶ―生きる意味を発見する30章』(斉藤啓一著、日本教文社刊)43ページより引用。
たとえば、労働で死んだように疲れ、バラックの土間に横たわっているときでさえ、仲間が飛び込んできて、極度の疲労や寒さにもかかわらず、日没の光景を見逃すまいと、急いで外に来るように求めたというのである。
「われわれは外で、西方に暗く燃え上がる雲を眺めた。幻想的な形をした雲が、青銅色から真紅に至るこの世のものとは思えない色彩で、さまざまに変化していく光景を見つめた……」
感動の沈黙が数分続いた後に、だれかがこうつぶやいたという。
「世界って、どうしてこんなに美しいんだろう!」
引用終わり。
切迫した状況だからこそ、神秘的な風景を目にすることで、光を感じ、そこから目に見えないエネルギーや希望を感じ取り、自己に摂取していたのだろう。
残された一輪の花
次に、強制収容所の中での、別の事例を紹介する。以下は引用。
一方、ゲルタ・ワイスマンという女性は、点呼のために何時間も立ち続け、飢えと疲労のために気を失いそうになったとき、驚くべき発見をしたと語っている。
「壊れたコンクリートの片隅から一輪の花が顔を出しているのに気づきました。毎朝、何千人もの人たちが脚を引きずるようにして歩きながらも、その花を踏まないようにしているんです。私は、美や芸術を堪能するために強制収容所に入るようになどと、いっているわけではありません。でもそこには信じられないような瞬間があったのです」(同書、43~44ページ)
こうした事例を挙げながら、斉藤氏は、次のように結論する。
つまり、美に接することで、生存にとって有用な何かを本能的に得ようとしたのである。そしてそれは、これまでの文脈から自明のように、ロゴスの生命エネルギーに他ならない。
おそらく、ロゴスは、美に接することによっても目覚めるのであろう。だからこそ囚人たちは、まるでパンをむさぼり食うように、夕陽の美をむさぼり眺めたのである。彼らはロゴスを呼び覚まし、ロゴスの生命エネルギーを〝食っていた〟のだ。(同書、44ページ)
斉藤氏が言うところの「ロゴス」とは、偉大なる力、即ち神のことである。
生長の家でも、神を説明する時に、「真」「善」「美」の3つの性質を挙げることがある。また、神はすべての創り主であるから「生命の本源」であり、私たちが夕陽を見た時に感じる生命感は、「夕陽を通して神を感じている」と言い換えることができる。
普段、私たちは美をそれほど重要視していないかも知れないが、実は、「美」は私たちの生に直結した重要な要素なのである。
明日から東京・銀座で生長の家芸術家連盟美術展「第31回生光展」が始まる。
プロ・アマ問わず出品作家たちが制作した「生命の芸術」に、ぜひ触れていただきたい。
小関 隆史
2009年10月11日
【参考資料】
○『フランクルに学ぶ―生きる意味を発見する30章』(斉藤啓一著、日本教文社刊)
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