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2008年4月

TKの本棚(1)『太陽はいつも輝いている ~私の日時計主義 実験録』

『太陽はいつも輝いている ~私の日時計主義 実験録』(谷口雅宣先生著、発行・生長の家、発売・日本教文社、税込1200円、2008年5月1日発行)
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 本書を読了直後、家路を急ぐ道すがら、陽光を浴びた新緑の木々が色鮮やかに目に飛び込んできた。
  一瞬一瞬、私たちが目にするもの、出合うものすべては、奇蹟とも言える確率でそこに在る――そんな「当たり前の奇蹟」の連続がこの人生であると、本書を読んで改めて気付かされた。

 通勤電車内で本書を読み終えた余韻が残る今日、最寄り駅からの帰路、西日を浴びた 1軒の美容室が目に留まった。小さな店構え。派手な看板はないが、古材を使ったMt_book_2木の壁に店主のセンスを感じ、前から気になっていたその店。ちょうど店の前には、1台の20 インチくらいのおしゃれな白い自転車が止まっている。ふと、スケッチしたい衝動に駆られた。と同時に、眼前にあるこれと同じ風景は、もう二度と見ることはないのだなぁ、としみじみ思った。太陽の角度、自転車の有無、今の私の心境…、そうした組み合わせが、少しでも違うと、まったく印象の違う風景になって見えることだろう。だから、文字通り、風景との出合いは、一期一会なのだ。
 本書の中に、次のような記述がある。

『日常生活の中で一見「当たり前」に起こるもろもろの事象が、実は私たちが“奇蹟”だと考えて驚く事象と変わりないほど稀に起こる、たった一回きりの出来事なのである』(同書145頁) 

  こういう事実を自覚しながら日々を生きることができれば、この人生はきっと幸せに過ごすことができるだろう。
 家族との語らい、人や風景との出合い…、それらをじっくりと味わう気持ちになれるだろうから。

 本書の後半では、著者が旅先で出合ったさまざまなモノ(静物)や風景を描いた絵がたくさん掲載されている。その絵や添えられたコメントを読んで眺めるうちに、自分も身のまわりのモノや風景を改めて見直してみたい、という気持ちになってくる。私は、花をよくスケッチするが、身の回りの静物など、もっといろんなモノを描きたくなってきた。
 また、絵の後に掲載されている句集を読み、著者の日常生活の一端を垣間見たような気がして、新鮮で親しみを感じた。

 最後になったが、序章「太陽はいつも輝いている」を読んで、本書のメインタイトルがなぜ「太陽はいつも輝いている」という名前なのかが、よく分かった。
 本書の27頁から29頁にかけて、タイトルに込めた著者の真意が詳しく述べられているのだが、ようするに「生長の家で説く唯神実相の善一元論は、言ってみれば“太陽はいつも輝いている”ということである」(27頁)ということだ。
 雲の上には常に太陽が照り輝いている――神が創造された世界は善一元(良きもののみ)――ということを信じて、雲間から射し込む光(明るい面)に心の焦点を合わせて生きていく、それが日時計主義を生きることである。

 日時計主義の理論と実践、この両輪が1冊の本として収められている本書は、冒頭で紹介した私の体験のように、一読後、きっと読者の身の回りの風景の見え方や、日常の出来事の受け止め方を一新させてくれるに違いない。
「当たり前の奇蹟」という、印象深い言葉を脳裏に焼き付けて――。

小関 隆史(TK)
 
2008年4月30日

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「ために」ではなく「ただひたすら」の気持ちで

 1週間ほど前まで、「光のギャラリー ~アトリエTK」の方に自作の絵手紙を掲載できない日がしばらく続いていました。このブログもあまり更新できていませんでした。
 「どうしたんだろう?」「忙しいのかな」と心配してくださった方もおられるかも知れませんが、何か絵を描く気になれなかったのです。
   ただ、ありがたいことに、その間も、毎日のように投稿作品が届き、それを次々掲載していくことで、ブログ自体は活況を呈していました。
 ちょうど、この2、3カ月の間、このたび新しく発行されたブログ本『光のギャラリー 絵手紙はWebにのって』の編集作業が続いていて、そちらの方に神経を使っていたことも、絵を描く気になれなかった要因の一つではあるのでしょう。でも、それだけではないような気がしていました。
 そんなある日、私が好きな画家の一人、中川一政画伯の「書について」の講演録を読んでいて、はっとさせられる文章が目に飛び込んできました。

「役に立とうと思ってやったことはそんなに長続きしない。役に立たない、まるで役に立たないと思っている純粋な気持ちになったものが、結局人間の役に立つんだと思うんです」
(『生命の王者 油絵を描いた禅坊主・中川一政』58頁)

 頭をガーンと殴られたような気がしましたね、このセンテンスを読んで。
  私の場合は、ブログを通して絵や文章を発信しているわけですが、やはり、受け手の反応が気になる時があります。もちろん、世界に向かって公開しているわけですから、それなりの責任をもって情報を発信しなければならないわけですが、上の引用文で言えば、「役に立とう」という意識が過剰になって、絵にしても文章にしても、自らの筆を鈍らせていたのではないかと思ったのです。私の心に純粋さに通じる“気楽さ”が失われていたのではないか、と反省しました。
 ちょっと話が前後しますが、中川画伯は、先の引用文の前に、松尾芭蕉の例を挙げて説明しています。ちょっと長いのですが、引用します。

「芭蕉が去来と会って“紫門の辞”というのを書いています。芭蕉の眼目なんだろうと思うんだけれども、自分の俳諧の道というのは夏炉冬扇だ。夏の火鉢、冬の扇、どっちも役に立たないものだと、自分の俳諧も役に立たないものだと、大衆に背を向けている。そこに芭蕉の専門家としての背水の陣があるわけなんです。
 芭蕉が掘り下げて考えて、そこから一歩も引くことのできない立場に立って、そこから芭蕉が出てきたわけなんです。その基盤がさすがに堅固なものだと思うんです。そういう土台に立たなければ専門家っていうものは出てこない。自分は無学でもって無能だから、それだからこの俳諧の道というこの細い道をすがっていくんだということを書いている。
 そこまで突きつめて初めて悟れるんで、そこのところが大切だと思うんです。芭蕉がそういうふうにして、自分はもう大衆に役に立たないって言った芭蕉が純粋な芸術ってものを創った。
 純粋ってのは、何かの役に立とうと考えたらもうそれが純粋じゃないんで、まるで白紙の純粋なんです」(同書57-58頁)

「俳諧の道というこの細い道をすがっていくんだ」、これは要するに、「ただひたすら…」ということではないかと思います。私は俳句を詠んだことはないので、芭蕉のほんとうに言いたいことがどれくらい理解できているか自信はないのですが、同じ言葉を使った表現手法である短歌は、一時期、毎日のように創作していましたので、なんとなく分かるような気がします。短歌の場合は、絵の制作と同じように、自分自身の内面に向き合うことが大切になる。つまり、五・七・五・七・七という限られた文字数に思いを表現しようとする過程で、自分自身が一体何に心を動かされたのかを見極める、それが一番重要なことなのではないかと思っています。そうして生まれてきた作品が、結果的に第三者にも伝わり、心を通わせることができる。しかしながら、「役に立つ」とか「役に立たない」とか考える以前に、素直な自分の心にひたすら向き合う、それが中川画伯が言うところの「純粋」ということになると思うのです。
 そんなことを考えていると、千利休の次の言葉が思い出されました。

 茶の湯とはただ湯を沸かし、茶を点(た)てて、
 飲むばかりなる事と知るべし

 この一見、当たり前のような言葉。茶の湯の一連の流れを示しただけのようなシンプルな言葉に、利休は、どんな思いを込めたのでしょうか? それは、絵を描く行為にも通じる大切なことを物語っているように思うのです。スケッチを行う時、ただ対象をよく観察して、筆やペンでアウトラインを描き、彩色する――この「ただ」絵を描く行為に没頭する、そこに自ずから個性ある表現が現れてくる。そして、その自己表現を成し遂げたことによって喜びがわき上がってくることは、絵を描いたことのある人ならお分かりいただけると思います。

「ただひたすら…」、そんな気持ちで今、私は母への絵手紙を出し続けています。それが、人間が無意識のうちに呼吸をするような感じで、自然に続けられるようになれば、いいなぁと思っているところです。

小関 隆史(TK)

2008年4月26日

【参考資料】
○『生命の王者 油絵を描いた禅坊主・中川一政』清水義光著 河出書房新社 1992年)

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行事のご案内 ~日曜大誌友会で絵手紙を実践します

名称:日曜大誌友会

テーマ:絵手紙を描こう!(絵手紙の実習を含む)
テキスト:『太陽はいつも輝いている ~私の日時計主義 実験録』(谷口雅宣先生著、生長の家刊、4/27発売)
参考資料:『光のギャラリー ~絵手紙はWebにのって』(小関隆史監修、生長の家刊、4/27発売)

日時:平成20年18日(日)
   午前10時30分~正午
会場:生長の家本部会館・南館2階
    東京都渋谷区神宮前1-23-30 Phone: 03-3401-0131

講師:小関 隆史・本部講師
持ち物:テキスト、絵手紙を描く道具(ハガキ用紙、絵の具、パレット、筆、サインペン、鉛筆など)

 *ご案内のことば*

 このたび、初めて日曜大誌友会における聖典講義で絵手紙の実習を取り入れることにしました。
 当日は、まず“日時計主義”の生き方について、絵を描くこと等を例に挙げて解説。その後、絵手紙を描く時の心得・描き方を説明し、参加者の皆さんと実際に絵手紙を描きます。
 道具を持参される方は、完成まで。何も持参されなかった方は、鉛筆をお貸しして、アウトラインだけ描いてもらい、家で完成していただくつもりです。
 もちろん、絵手紙の講評も予定しています。
 皆さんに何を描いてもらうかは、これから考えます。
 まったく初めての試みですので、何か、いいアイディア、ご意見等がありましたら、お気軽にコメントをつけていただけると助かります。
 東京近辺に住む皆さま
のご参加を楽しみしています。

 小関 隆史

 平成20年4月13日 

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アートの力(1) ~NY「トライベッカ・テンポラリー」の試み

 ちょっと古い話になりますが、2001年9月11日にアメリカで起こった同時多発テロ後のニューヨークのアートシーンの変化について、画家の千住博氏がさまざまなメディアで発表した文章で感じたことを書いてみたいと思います。
 まず最初に、千住氏のことを紹介します。千住博氏は、NYに住む東京出身の日本画家で、1995年、ヴェネチア・ビエンナーレで「ザ・フォール」という滝を描いた絵を発表し、見事、東洋人初の優秀賞を受賞した国際的に活躍する日本人画家の一人です。現在は、画業の傍ら京都造形芸術大学の教授を務めておられます。
 私は、数年前からこの画家の創作活動に注目しているのですが、同時多発テロから約半年経った2003年4月13日、産経新聞に「“9・11”後のアート」と題して寄稿された氏の文章を読んで、非常に胸を打たれました。それはまさに、アートのもつ力を再認識させられるものだったからです。
 大意は次のようなものです(部分的にほかの資料も参考にしました)。
 同時多発テロが起こった後、ドイツのあるアーティストが「同時多発テロこそ最高のアートだ」と発言して物議をかもしたことに象徴されるように、テロ以前には、ショッキングでセンセーショナルな作品や悪い冗談のような作品が、ニューヨークなどでも展示されていたといいます。
 しかし、同時多発テロ後は、そうした展示を行っていた画廊には、ほとんど人が寄りつかなくなったそうです。
 その一方、テロによる災害現場の隣接地でほどなく始まった非営利画廊「トライベッカ・テンポラリー」での展覧会は、ニューヨークならではの多彩な宗教、人種、国籍のアーティストたちが数名のグループに分かれて、内容の濃い展示を発表しました。(以下、新聞記事からの引用)

「美術家ケビン・クラークは生き延びた人たちのDNAのパターンを図像化し、9月11日以降流れている希望の力を表現しようとした。フェミニズム・アートの先駆者グレッチェン・ベンダーは過激な作風で知られたが、テロを目撃し、茫然自失状態の中、このグループ展で一転して肯定的でデリケートな作品(※室内のわずかなエアコンの風で白い小さな紙が無数に床ではためくという作品)を発表、本当の自分を発見したと語っている
 出品者たちは口々にあるべき方向性を見いだしたと語る。ここでは自分が一人でなく、異質な他作品の原理に取り囲まれるという周辺との関係により、自己が成立することをそれぞれ再認識し、また観客もそのことに触れて、何かを得て帰る。もう一つ人々が得たものは、人間性の回復だ。“呪われた環境”によって、アメリカ現代アート界は人を勇気付け、癒し、希望を与えるというアートの本質を取り戻しつつあるようだ」

“負の経験”から新たな自己を発見し、希望に向かって生きる――なんと人間とはたくましいものか、と私はこの記事を読んで思いました。
 思想や宗教の違いを超えて一つになるというのは、たやすいことではないのかも知れません。しかし、言語を超えて人々のハートに直接メッセージを語りかけるアートには、異質と見える人間同士を結びつける“力”があると思うのです。

小関 隆史

2008年4月13日

<参考資料>

○『産経新聞』平成14年4月13日(12面)「“9・11”後のアート」画家・千住博
○NHK人間講座テキスト「美は時を超える」千住博著  2003年10月1日発行 日本放送出版協会刊 560円(税別)

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『絵の教室』を読んで(3) 記憶して描くこと

「“よく見て描く”ことを、ここでは“よく見ておく”という考え方で、読んでください。
 これまで“ためつすがめつして見て描く”ことについて書きましたが、よく考えてみると、よーく見たときと、画面に筆を運ぶ間には、たとえ一秒でも、記憶の時間があります。厳密に言うとその一秒の間だけでも画像を頭の中に貯えていることになります。
 その一秒が次第に長くなり、一分、一時間、一日、もっと長く、というぐあいに、見たときから描くまでの時間が長くなっても、“よく見て、よく覚えておいた”ことは同じで、記憶は頭の倉庫に蓄積されます。“よく見ておく”ことをしなければ、蓄積することはできません。また、ただ見るだけでなく、絵に描けば記憶は、よりはっきりしたものとして、しまっておけることになります」(安野光雅著『絵の教室』115頁から116頁より)

 この文章を読んで、私が美術高校に通っていた時の担任だった野村耕という教諭のことを思い出しました。この野村教諭は、「片時もクロッキー帳を離さない」ということを信条にしていた方で、いつも左右どちらかの手にクロッキー帳を持って歩いておられた姿が印象に残っています。
 ある時、私が在籍していた図案科(デザイン科)の準備室の窓際で、野村教諭がスケッチされている姿を見かけました。何気なく近づいて、クロッキー帳をのぞいてみて、びっくり。なんと、そこには小さなハチ(蜂)が克明に描かれていたのです。私が見た時には、すでにハチは去った後だったのですが、教諭曰く、「クロッキーを重ねていると、対象を一瞬見ただけでも、その特徴を捉えることができる」のだそうです。ただしそれは、通常は一朝一夕にはできないことで、目の前に少しの時間だけ止まったハチを何度も何度も繰り返してクロッキー(素描のこと。すばやく輪郭線だけで対象の形を描いた絵)し続ける中で、ハチの体の細部に至るまでの特徴が頭に入る。その上で、対象を一瞬見ただけで克明な絵が描けるという神業(かみわざ)のようなことが為し得るのでしょう。
 安野さんの言葉を借りると、よく見て描くことによって、ただ見るだけの時よりも、よりはっきりした記憶が頭の倉庫に残るということでありましょう。
 野村教諭がよく話していたことは、「描きあげたクロッキー帳を積み重ねていって、自分の背丈くらいの高さになった時に一人前になれる」という言葉でした。それを言葉で伝えるだけでなく、自らが実践する姿で私たち生徒に伝えてくれたことが、有り難いことでした。
 私はこの野村教諭が好きで、高校を卒業して美大受験を目指していた時に何度もデッサンを見てもらいに行きました。その都度、「大分、描けるようになってきた」とニコッと八重歯を見せて笑ってくださった姿が今もまぶたに浮かんできます。
 自らの個展(現代美術)の時などは、必ず案内状をくださっていた野村教諭は、1991年に体調を崩し卒然として他界されました。
「花が一番美しい時間に描きたい」と、誰よりも朝早く植物園に行って花をスケッチしていた野村教諭。今も、花をスケッチする時に懐かしい笑顔が思い浮かんでくることがあります。私を無言で励ますように――。

小関 隆史(TK)

<参考資料>
○「絵の教室」安野光雅著 中公新書1827 980円(税別)

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『絵の教室』を読んで(2)――心の中の“原風景”を描く

「絵を描くとき、相手のとおりを描いているのではないと言いましたが、なるべく見えるとおりを描いてはいるつもりです。そこを写生しているというよりも、その場所を、素材にして、自分の絵を描いていると言ったほうがわかりよいかと思います。(中略)
 そうは言っても、わたしは長いあいだ写実的な絵を描いて、悩んだ経験もあります。ようやく、好きなように描けばいいんだと悟り、外国の町や、人の見ているところでは“僕はもともと下手なんだ、頭も足りないんだ、絵が好きなだけなんだ”と、自分に言い聞かせます。そうして、世間の目の中で、まったく自由な世界を創って、その中で描くのです。その頃から描くことがより楽しくなりました。これは、いわば悟りでした。これは絵を描く方法論の中では最高に難しく、また実に楽なことでもあるのですが、わかってもらえるでしょうか」(安野光雅著「絵の教室」87頁より)

 私には、安野さんのおっしゃりたいことが分かるような気がします。
 安野さんは、島根県の津和野の田舎で育ったというのですね。大きくなだらかな山並み、段々畑、水路…そうした自然に囲まれて育ったから、そうした自然が残る奈良の明日香村などに行くと、無条件に美しいと感じるそうです。安野さんは、そうした自分の感性を育ててくれた風景のことを、“原風景”と言っています。

「この明日香でスケッチしていると、そこを絵に描いているというより、たとえば墨がひとりでに紙に吸い込まれていくが、それも自然だとして、その自然に帰依(きえ)し、身をゆだねていれば絵はひとりでに生まれていくというような、不思議な体験をしたことがあります」(同書83頁から84頁)

 私は安野さんの水彩画が好きで、何冊も画集を見たことがあるのですが、日本の風景であっても外国の風景であっても、安野さんが描く世界は、実に素朴でゆったりとした空気が流れていると感じます。この本の中では、安野さんがスケッチをした現場の写真とスケッチが比較できるページ(74、75頁)があるのですが、実際に見える景色から、かなり省略して描かれていることが分かります。まさに、冒頭で紹介した文章の中で、「その場所を、素材にして、自分の絵を描いている」という感じがしました。
 そして、それは、あれこれ考えて取捨選択して描いているのではなく、筆の動くままと言いましょうか、心のおもむくままに必要なものを描く――そんな感じだと思うのです。
安野さんの場合は、例えば、目の前の明日香の風景を描きながら、いつしか心の中にある津和野の“原風景”と重ねている、つまり、目に見えるものを描きながら、同時に、目に見えないものを表現しようとしている――絵を描く行為とは、そういうものではないかと思います。
 また、安野さんが、「僕はもともと下手なんだ、頭も足りないんだ、絵が好きなだけだんだ」とわざわざ自分に言い聞かせているのは、視線を気にして格好を付けたり、既成概念に縛られたりしてしまうことを避け、子供が自由自在に感じたままを表現するような心境になるためではないか、とも思いました。
 自由自在な心境になるということは、一種の“悟り”の心境であり、だからこそ難しくもあり、楽でもある、ということなのでしょうね。絵描きが目指す心境と、信仰者が目指す心境は、実は同じではないだろうか。画家の言葉に触れるたびに、そう思えてきます。

小関 隆史

<参考資料>
○「絵の教室」安野光雅著 中公新書1827 980円(税別)

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『絵の教室』を読んで(1)――「写真のような絵」はいい絵?

 少し前、額に入った「絵の写真」をいただきました。
「絵の写真」というのは、どういうことかというと、その方が描いた風景画を写真に撮ったもの、という意味です。
 最初、その絵を手にした私は、ちょっと驚きました。なぜなら、まるで風景写真そのものに見えたからです。これまで、何百という絵画を見てきて、初めての体験でした。 
 まったく筆のタッチが見えず、省略もない、写真で風景を撮影した時のように、細部に至るまで、見えるものすべてが描かれていたのです。
 黄色、オレンジ、赤、緑…、秋の紅葉が描写されたその風景は、美しいはずなのですが、なぜか私の胸に響いてこないのでした。写真として見るならともかく、それを絵として認めることに対する違和感のようなものが、どうしても拭いきれなかったのです。
 もちろん、いくら原画ではないとしても、額に入れて持参され、ご厚意としてくださったわけですから、受け取らないわけにはいけません。丁重にお礼を述べて頂戴しました。

 そんなことがあったものですから、最近、水彩画家の安野光雅さんが書かれた『絵の教室』(中公新書1827)を読んでいて、写真が絵画に与えた影響や、写真と絵画の違いについて言及されているくだりに、特に興味を引かれました。
 中でも、ドイツ人画家のアルブレヒト・デューラーが「見取り枠」を使って正確な「遠近法」で絵を描いていた同じ方法を、安野さんが実験してみるところは、この本の中でも非常におもしろいところです。
 デューラーが考案した「見取り枠」を使った描き方とは、つまり、こういうことです。

 (1)20号の大きさの木枠を用意する。 
 (2)5センチごとに、枠に釘を打って、それに黒いゴム紐(ひも)を引っかけ、縦横の座標(碁盤目)をもつ枠を作る。
 (3)(2)と同じ比率の碁盤目を書いた画用紙を用意する。
 (4)(2)の木枠を目の前に置き、座標が見えるように自分と垂直に固定する。
 (5)(2)の座標をのぞく孔(あな)を目の前で固定する。
 (6)(5)の「のぞき孔」から、木枠の碁盤目を通して、風景や静物を描く。
 
 安野さんは、この木枠を使って、静物画と風景画を実験的に描いています。
 最初に、木枠を使って描くスケッチですが、木枠に張られたゴム紐でつくられた“碁盤目”と手元に広げた画用紙の碁盤目は同じ比率ですから、碁盤目によって切り取られた風景の形を、1区画ずつ、画用紙の碁盤目に描き写していくのです。ちょうど地図を写すような作業です。
 こうして、誰が描いても同じ、正確で省略のない絵ができあがるというわけです。
 安野さんは、静物画も風景画も、この「見取り枠」を使って描いた後に、いつも通りにスケッチし、二種類の方法で描いた作品を並べて紹介しています。

 おもしろかったのは、静物画と風景画の両方とも、正確に描き写しているのは、「見取り枠」を使った方なのですが、どちらの絵の方が魅力的かと問われたら、私なら迷わずに、「“見取り枠”を使わずに描いた方!」と答える、と思えたことです。

 安野さんは、次のように語っています。
「この二つをくらべてみると、のぞき孔を通して描くと客観的です。つまり、枠からのぞいて描いたのであれば、誰が描いても同じになるだろうというところから、これは客観的です。一方は、枠をのぞいていないために、わたしが勝手にわたしの考えで描いたのだから主観的です。これはいわば機械(カメラ)と手作り、という関係になります。
 (中略) 
 ワープロで書いたラブレターというのは考えられないのですが、この頃はどうなのでしょう。以前はワープロで書いたよりも手で書いた手紙のほうが、その人の気持ちが直接伝わってきたような気がします。
 絵もやはりそれに似ています。写真のように描いたり、あるいは写真を見て描いたりするとダメだと思うのです。その人の個性がどこかへ行ってしまって、写真のように描かされてしまい、上手だけども何も伝わってこない、ということになりがちです」(同書79~80ページ)

 絵画においては、正確に機械的に描き写すという客観性より、むしろ描き手がどう感じて、それをどう表現したか、という主観性がより重視されるということなのでしょうね。

小関 隆史

○参考資料
『絵の教室』安野光雅著 中公新書1827 カラー版 2005年12月20日発行

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『手づくりする手紙』(木下綾乃著)を読んで

 先日紹介した『おじいちゃんの封筒』を購入した際に、一緒に「乙女文芸」コーナーに並んでいた本です。Handmadeletters
 (1)封筒の作り方が載っている。裏返し封筒とか。大きな封筒から“三つ子封筒”を作る 方法とか。
 (2)散歩中に、カフェに立ち寄った時に、コースターにメッセージを書いて、封筒に入れて友達に送る、など、ユニークな手づくり手紙を紹介している。
 (3)郵便局の新しいサービス「フレーム切手」を紹介。自分のデザインで切手がオーダーできるんだって!

 まぁ、とにかく薄い本だけど、実践的な内容。すぐにでも、取り入れられるアイディアがいっぱいという感じ。いろいろ工夫を凝らした手紙を送って楽しんでいる人が世間にはいるものですね。(小関)

<参考資料>
『手づくりする手紙』木下綾乃著 文化出版局 2007年3月17日 1500円

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『おじいちゃんの封筒 ~紙の仕事』を読んで

 先日、東京駅の目の前にある「丸ビル」で開かれていたSEIKOさんというイラストレーターの作品展を見に行ったついでに、同じビル内にある本屋さんに立ち寄った時に見つけた本。Granpasbook_2
 絵封筒を描くようになって以来、“封筒”という言葉に敏感になった私。
 背表紙に書かれたタイトルに惹かれて手にしました。
 この本は、ほんとにタイトル通りの本。文章は、巻頭と巻末にあるだけで、
作者である藤井咲子さんのおじいちゃんが作った“手作り封筒”の写真が、ひたすら続く。
 でも、その1枚1枚が、実に味わい深いのですよ。もちろん、新しい紙ではなく、すべて日常生活の中で不要になった紙を使って作った世界でたった一つの封筒。日程表が印刷されたものが透かして見えるもの、コンビニのロゴが入った包装紙を裏返した紙、パッチワークのように紙をつなげたもの…等々。当然ですが、どの封筒も“表情”が違っていて、おもしろい。

 明治35年生まれの神前弘さん(故人)という方がその封筒の作者。
 大工の棟梁から身を引いた後、「年寄りは手を動かす方が健康にいい」と、80歳くらいから封筒作りを始めたそう。誰に見せるのでもなく、ただ黙々と95歳で亡くなるまで作り続けたそうだ。元大工の手仕事だから、細部にこだわりがあるという。
 そんな「繰り返された毎日から生まれた封筒に、大きな力を感じて」、お孫さんが出版された本がこれ。

 昔、朝鮮半島の名もない陶工が作った陶器に「美がある」と価値を見出した民芸運動のように、売るためでもなく、見せるためでもなく、ただひたすら作り続けた“封筒”に「用の美」を見出したお孫さんの気持ちが、私にはよく分かるような気がします。
 ただし、この本が、「乙女文芸」とプレートが掲げられたコーナー(書棚)に収められていることに後から気づいた私は、複雑な思いでレジに向かいました。(笑)

2008年3月25日 小関

○参考資料
『おじいちゃんの封筒 ~紙の仕事』藤井咲子著 株式会社ラトルズ刊 初版2007年1月7日 1600円(税別)

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クリエイター佐藤可士和さんのこと

今、私が読んでいる本は『1冊まるごと佐藤可士和。』(Pen編集部編 阪急コミュニケーションズ刊、1500円)。
 この佐藤可士和という人が手がけたデザインを挙げると…、キリンの発泡酒「極生」の広告、楽天のロゴ、TSUTAYAの「T」の形を象ったティーポイントカード、ホンダのステップワゴンのポスター、NHKの親子向け番組「えいごであそば」のキャラクターおよびオープニング映像…等々。果ては、単なる商品のデザインにとどまらず、幼稚園や大学のリニューアルプロジェクトに参画し、学校のロゴから、各種グッズ、建物、インテリアまで非常に幅広い仕事をしている人だ。

 この本の中で私の心に響いてきたのは、そうした異なる仕事を同時進行している佐藤氏に記者が、「混乱しないのか?」と尋ねたところ、佐藤氏の答えは、「全然! かえって同時進行しているほうが、いろいろな切り口の視点が持てる。それに、どの仕事も深い部分ではつながっているから」。
 うーん、やはり、人の心に訴えかける切れ味鋭い創造的な仕事ができる人は、考え方がこうも違うものか、と感心した。

「どの仕事も深い部分ではつながっている」――うーん、深い言葉だなぁ。
 この人の手がけた仕事には、ムダのない絞りきったようなシンプルさ、力強さを私は感じるのだが、それはどんな仕事においても、その本質を見極めて、本質に迫ろうとする仕事の姿勢ゆえではないだろうか。

 この佐藤氏、実は1965年生まれで私と同い年。悔しいけれど、ちょっとすごい。

 佐藤可士和さんの公式ウェブサイト:KASHIWA SATO.COM

 2008/03/23  小関

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ビデオシリーズ(1) 絵手紙をテーマにした誌友会の講話

絵手紙をテーマにした誌友会の講話ビデオです。

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講話 「絵てがみを描こう(5)」  道具から制作の手順まで

*道具を用意します 

 まず、筆を用意します。筆には、細いのから太いのまで、いろいろと種類がありますから、「Web絵てがみ教室(2)筆の選び方」を参考にしてください。
 上の記事の中でも紹介していますが、「水筆ペン」というのが、2、3のメーカーから売り出されています。これが便利な点は、筆洗が要らない点。水筆ペンのボディー部分を手で軽く押してやると、筆先に水がしみ出ます。あとは、濃く塗りたい時は、水分を少な目に、淡く塗りたい時は、たっぷりの水で絵の具を溶いてみてください。一つの色を塗り終わったら、筆先に水をしみ出させた上でティッシュで拭いて筆先をきれいにします。そうして、別の色の絵の具を塗っていく……、この繰り返しです。もちろん、水筆ペンではなく、普通の筆でも結構です。その場合は、次の「その他の道具」で紹介する筆洗を使ってください。
 筆以外の道具を次に紹介します。「絵てがみ教室(3)その他の道具」を参照してください。ここには、筆洗や絵の具からハンコまでの道具が写真入りで紹介されています。それらを見ながら、あなたが必要だと思うものを用意してください。

*絵てがみの描き方

 次に、絵てがみを描く手順について、まず、オーソドックスな「墨」を使って描くケースから紹介します。「Web絵てがみ教室(4)柿を描く」をご覧ください。基本は、まず、描く対象(モチーフ)の輪郭線を筆で描き、その後、絵の具で塗っていきます。その際、「淡い色から濃い色へ」という順番で塗っていくと、色が濁らずに作品に厚みが出てくるはずです。
 また、最後にハンコの事にも触れていますが、消しゴムとカッターナイフで自作のネーム入りのハンコを彫ってみるのもいいですね。私は、タカシの「た」を一字だけ彫ったハンコを何種類か作りました。また、画材店で売っている市販の雅印を使ってみるのも手です。そうしたハンコが用意できない場合は、もちろん手書きのサインで結構です。
一方、最近、「光のギャラリー」の方に掲載した「 Web絵てがみ教室(8)王林を描く(TK)」の場合は、墨ではなくて、耐水性の極細サインペンを使って制作した作品です、ご参考まで。

*絵てがみを送ろう

 絵てがみが普通の絵と大きく異なる点は、文字が入っていることと、それを第三者に送る点。文字は、自然に思い浮かんできた言葉を飾らずに書けばよいですし、送り先は、親しい友人・知人、そして親に送ったらどうでしょう? きっと喜ばれると思います。
 もちろん、送る前に作品をスキャナーでデータ化したり、デジカメで撮影しておき、後から、「光のギャラリー」の方へ投稿くだされば、「Web誌友会 ~絵てがみを描こう」での作品として掲載します。そこで皆さんと一緒に合評会を行ったら楽しいですね。
 もちろん、絵てがみの現物をTK宛に送っていただいても結構です。こちらで、スキャナーで読みとってデータ化して、アップします。送り先は、「光のギャラリー ~アトリエTK」のトップページのタイトル下をご参照ください。

 それでは、皆さん、それぞれが描きたいものを選んで、ぜひ何か「絵てがみ」を描いてみてください。
 どうぞ、楽しんで!

小関隆史(TK)

2008年2月20日

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講話 「絵てがみを描こう(4)」  絵てがみ愛好家の声

*発見する喜び

 次に、実際に絵てがみを描いた方の声を3人ほど紹介しましょう。
 最初は、昨年から絵てがみを始めたというhi-eco-pon-akiさんです。この方が昨年10月に私が運営するブログ「光のギャラリー ~アトリエTK」の方に投稿してくださったのがこの「柿の絵てがみ」です(左の“柿の絵てがみ”の文字をクリックするとリンク先が表示されます)。
 初心者とは思えないほど、柿の特徴をうまく捉えておられるでしょう? この絵てがみが私の手元に届いた時、宛名面に書かれたコメントを読んで、思わず膝を打ちました。次のようなhi-eco-pon-akiさんの言葉が私の胸を打ったのでした。

「描いてみると、描いたあとにも、果物や野菜のすみずみが頭に残り、“色々な表情があったのだ。すばらしい”と思うようになりました」

 絵を描くことで、対象をじっくりと観察し、それまで気づかなかった果物や野菜の固有の特徴に気が付いたというのですね。私は思わず、「絵を描くことによって対象を新鮮な気持ちで見つめ、そのものの特徴や美しさに改めて気づく…というのは、絵を描く醍醐味だと思います」とコメントを付けました。まさに、「発見する喜び」がここにあります。

*絵てがみは心と心をつなぐ“架け橋”

 次の方は、高校で美術教師をされているNさんです。Nさんは、絵てがみ歴2年という方。遠方の郷里に住むご両親に、毎日、絵てがみを出しているということです。
 この方を紹介した記事、「Web絵てがみ教室(6)絵てがみ愛好家、Nさんの場合」をちょっと読んでいただきたいと思います(左の「絵てがみ愛好家、Nさんの場合」の文字をクリックしてください。リンク先にジャンプします)。

「美術作品を作ろう」なんて思わず、昼食に食べたカレー、おやつに出された“せんべい”1枚など、手近なものを万年筆で輪郭を描いて、色鉛筆で簡単に色づけしている――実にあっさりした、肩の力が抜けた作画姿勢でしょう? だから、毎日、続けられるのだと思いますね。Nさんからの絵てがみを、大事にファイリングされているご両親も、すてきですね。絵てがみは、そうやって、送り手と受けての心をつなぐ“架け橋”のようですね。

*千の言葉よりも、心のこもった1枚の絵てがみ 

 最後に紹介するのは、岐阜県在住のミチオさんです。絵てがみを遠方で暮らす知人に送って自殺を思いとどまらせたという体験の持ち主。その話を、「Web絵てがみ教室(7) 絵手紙こぼれ話~遅咲きのサザンカ」で紹介しました。
 絵てがみに込めた真心は、必ず相手に届く――そんな感を強く抱きました。

 以上、今回は、絵てがみ愛好家の実例を紹介してみました。絵てがみの魅力の一端を感じていただければ幸いです。

 次回から、いよいよ「絵てがみを描く」の実践編に入っていきます。(つづく)

小関隆史(TK)

2008年2月18日

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講話 「絵てがみを描こう(3)」  何を描くか?

*何を描くか

 前回お話ししましたように、絵は基本的に自由に描いてよいのですが、「何を描くか」というのは、非常に重要になってきます。そうですね~、まずは、自分が興味を引かれるもの、好きなものを描いたらよろしいんじゃないでしょうか。私のごく身近な方で、ハイエコポンさんという方がおられるのですが、実にケーキの絵が多い。作品例)「サクラロール」 どうです、楽しい絵でしょう? ケーキの各部分も、よく観察して描かれています。こういう絵の雰囲気は、描く対象のケーキが好きだからこそ描けるのだと思うのです。
 風景、人物、静物…、描く対象は無限にあります。絵てがみの場合は、そうした描く対象(モチーフ)を前に、スケッチをするように描いてもいいですし、次に紹介する作品のように、楽しかった出来事を思い出しながら、絵日記をつけるように描いてもいいと思います。作品例)木綿豆腐さんの絵てがみ

*絵を描くことが“日時計主義”を生きることに 

 皆さんは、“日時計”ってご存じですか? 日常生活の中ではあまり見かけないかも知れませんね。これは屋外にある時計なのですが、1本の直立した棒があって、それを囲む平面上に時計の数字(盤面)が刻まれている。どうして、それで時間が分かるかというと、太陽が出ている時だけは、その直立した棒に陽光が当たって盤面に影を落とすから、つまり、太陽の角度によって刻々移り変わる影の変化によって時を知ることができるのです。そのように、太陽に象徴される「明るい出来事」だけを心に記録していこうという生き方を生長の家では、“日時計主義”と呼んでいます。
 今回のテキスト『日時計主義とは何か?』(谷口雅宣先生著)の中に、“日時計主義”の説明がありますので、少し紹介します。(以下、引用)
 
私のいう「人生の喜び」とは、収入の多寡や所有物の多さのことではない。他人と比較などしなくとも、自分の周囲に、そして自分そのものの中に、真実や善や美はあるのである。それを見出すための心の訓練が「日時計主義」である。(同書5ページ)

 ですから、私たちが日常で出合った美しい風景や花をスケッチしたり、先ほど紹介した木綿豆腐さんのように、家族や友人との楽しい出来事を思い出して絵てがみに描いたりすることは、実在(本当の世界)に根をおろした真実や善や美を日常生活の中で見出していくための心の訓練にもなり、それがそのまま「日時計主義」を生きることになるわけです。

*“意味優先”から“感覚優先”へ

 一方、何かと忙しい現代社会の中で、ともすれば私たちの生活は、“意味優先”“目的優先”の生活になりがちです。例えば、会社に来客があり、ラウンジで応対する際、席についたテーブルの上に花が生けてあったとします。その時、“意味優先”で生きていると、来客との仕事の打ち合わせという「目的」だけに集中してしまって、いくら美しいユリの花が生けてあっても、「花が生けてあるな」くらいにしか思わないかも知れません。目の前にある美も、私たちが認識しなければ、「ない」のと同様です。そういうように、この世界には、真実や善や美がたくさんあるのに、それを見たり、感じたりする心のゆとりがないばかりに、気づけないでいる。随分、もったいないことだと思います。
 その点、絵てがみなどを毎日のように描いていると、“感覚優先”のモード、すなわち常に題材を探して、美のアンテナを張っていることになりますから、先のテーブルに置かれたユリを見ても、「ユリがある」という意味にとどまらず、「なんて優美に咲いているんだろう」と心が動く。それと同様に、職場のカウンターに置かれた一輪挿しのガーベラ、昼休みに外食を兼ねて散歩していた時に見つけたレンガづくりの興味深い建物などを見ても、「花」「建物」というそのものの意味を超えて、「描きたい対象」として迫ってくることがあります。描く時間がなくて、歯がゆい思いをすることも多々ありますが…。(笑)

 次に、テキスト『日時計主義とは何か?』の中で、こうした“意味優先”と“感覚優先”について言及されているところを紹介します。

 私は先に“意味優先”と“感覚優先”の視点を紹介し、前者の視点で見るとつまらないものでも、後者の視点に切り替えると、その価値が認められる場合があると述べた。そして、「感覚は私たちを直接感動へと導くことができる」と書いた。しかし、それは、感覚の刺激によって「本当にある世界」を知ることができるという意味ではない。それでは、快楽主義と何も変わらないだろう。私が言いたいのは、私たち人間にとって、肉体はこの世における表現の唯一の媒体だから、肉体の付属器官である感覚からのメッセージをないがしろにするな、ということである。
 すでに何回も書いたように、「人間が感覚する世界(現象)と本当にある世界(実相)は異なる」というのが生長の家の信仰の基本である。だから、感覚によって直接“神の国”や“仏の浄土”を見たり、感じたりすることはできない。私たちにできるのは、感覚を通しながらも、感覚の背後にある「本当の世界」を知ることである。(同書、87ページから88ページ)

 私たちが目の前の風景や生き物の絵を描きながら、自然や生命(いのち)の神秘に感動することが、「本当の世界」を知ることにつながることを思うとき、絵を描くことって素晴らしいなぁ、と改めて思うのです。(つづく)

小関隆史(TK)

【参考資料】
○『日時計主義とは何か?』(谷口雅宣先生著)生長の家刊

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講話 「絵てがみを描こう(2)」  絵を描く魅力

*絵を描く魅力

 皆さんの中には、「これまでに絵を描いたことがない」という方は、ほとんどおられないと思います。なぜなら、子供のころに幼稚園や小学校で必ず、図画工作の授業を受けておられると思うからです。でも、中には幼いころに絵が思うように描けず、「自分には絵の才能がない」と思い込んで、長じるにつれて、「絵を描くこととはオサラバ~」、と思うようになった方もいらっしゃるのではないかと想像します。
 私のごく身近にも、そういう人がいて(あえて誰かは伏せます、笑)、以前、市販のカット集なんかを見せてイラストを描き写してもらったことがあるのですが、もちろん、コピーするように「そっくり」というわけにはいきませんが、一見、稚拙な感じに見える表現の中にも、なんともいえない“ほのぼのとした味わい”や“人柄”がにじみ出ていて、私などは、「いいなぁ」と思ったものです。

 この例のように、絵はその描き手の、「その人らしさ(人柄)」が自然ににじみ出るもの。これは絵の最大の魅力だと私は思いますね。音楽なども同様なのでしょうね。例えば、ピアノでも同じ曲を違う人が弾くとちがった感じに聞こえてくる。私は音楽に関してはまったくの素人ですが、それでも違いが分かることがあります。2、3年前から日本でも有名になったピアニストで、フジコ・ヘミングという日本人女性がおられますが、あの方の演奏を聴くと非常に“哀愁”を感じるといいますか、情感が伝わってきて胸を打たれるものがあります。幼いころから才能豊かな方だったようですが、海外でこれから売り出そうという若き時代に病気で難聴になり、孤独な生活の中で大変な苦労をされたようです。でも、そうした苦難を乗り越えた強さが、得難い人生経験となり、彼女のかけがけのない音楽的個性となって今、花開いている――私はそう感じているのです。

 ちょっと話がそれましたが、絵の魅力の2つ目として、「絵は初心者でも始めやすい」ということが言えると思います。極端な話、鉛筆1本と白い紙が1枚あれば、絵が描けるんですから。難しい音符なども覚える必要がない。自分が見たまま、感じたままを画用紙に描けば、それが他人の評価は別として、絵になる。こう描かないといけないという型はまったくないのです。美大受験の予備校や美術研究所などで、「影はこういう鉛筆のタッチでつける」とか細かいことまで最初から型にはめて指導するところがありますが、あれは目前に控えた受験用の教え方であって、できれば避けたい。なぜなら、いったん身に付いた型、クセから抜け出すのは大変で、そういった「硬さ」がデッサンに限らず、絵の制作の方にも反映されてしまうからです。
 ちょっと専門的な解説になってしまいましたが、とにかく本来絵には決まった描き方はないということをご理解いただきたいと思います。   
 とはいえ、絵の基本は写生、つまりデッサンということには変わりありませんから、まずは、何か自分が描きたいと思うモチーフ(絵を描く際の対象物、りんご、みかん等)を選んできて、それを鉛筆やサインペン、あるいは毛筆で描くことから始めてみるといいでしょう。最初は、思うような線が引けなくて、嫌になることもあると思いますが、少々、曲がった線になっても「これは味わいのある線が引けた」と自己満足して微笑むくらいの気持ちで(笑)、楽しんで描いていただければよろしいかと思います。大家といわれる画家のスケッチを見ても、部分的に建物の線など「ぐにゃり」と歪んでいる場合があります。でも、スケッチ全体を見た時に不自然ではなかったりします。それは、作者の感動が絵に表れているからです。一見ゆがんだ線が、かえって温もりを感じさせてくれることもありますからね。
 子供が描く絵もそうですね。写真のようには形を描き写せてはいないかも知れませんが、何を描きたいのかが、はっきり伝わってくる場合が多いです。例)子供たちの絵てがみ
 そのように絵はどのような表現をしてもいい、自由自在なのだという点で、安心して描いていただきたいと思います。(つづく)

小関隆史(TK)

2008年2月16日

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講話 「絵てがみを描こう(1)」 はじめに

* はじめに

 みなさん、こんにちは!
 私は、生長の家本部講師の小関隆史です。今日から、何回かに分けて、「絵てがみを描こう!」というテーマでお話しさせていただきます。
 テキストは、宗教法人「生長の家」が発行しております『日時計主義とは何か?』(谷口雅宣先生著)を使います。参考資料は、追々ご紹介します。

 すでに私は、「絵てがみ教室 ~アトリエTK」というブログ(日記形式のウェブサイト)を2006年6月に開設して、そこに「Web絵てがみ教室」というカテゴリーを設けて、絵てがみの描き方を紹介していますので、今回の講話では、その「Web絵てがみ教室」と随時リンクさせながらも、主に、絵てがみを描く意義説明の部分に力点を置いて、話を進めていきたいと思います。

 Web上での講話の特徴は、ネットにつながっている方でしたら誰でも、それぞれの都合の良い時間に閲覧できる点であり、さらには連載の途中からでも、前の回の内容に関して感想や意見、質問などがコメントとして書き込めることです。つまり、時間と空間の制約を超えられるメリットがあります。もちろん、顔と顔を合わせての直接的コミュニケーションがもたらす魅力が享受できないことは残念ではありますが、ともかくも、今可能な手段を使って試みる価値はあると思っています。

 それでは「絵てがみを描こう」のテーマで、次回からいよいよ講話の本編がスタートです。

小関隆史(TK)
 
2008年2月15日 

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絵を描く意味は?

絵を描く意味は?

 1カ月ほど前、私が絵てがみの指導を行う様子をビデオで撮影するという企画があり、その際、インタビュアー役になった上司から、ぶっつけ本番で絵に関する質問を受けた。 まず最初の質問が、「絵を描く意味は?」というもので、いきなり本質的な質問が来て、私は一瞬、言葉に詰まった。
 が、思いつくまま次のような説明をした。
 例えば、花や風景を見て「美しい」と感じる。その感動を胸にしまっているだけでも幸せなのだけれど、それをキャンバスなり画用紙に「表現」することで、自分が何に感動したのかを再確認できる。それが、喜びにつながるのだと。
 こんな答えをしたと思うのだが、それだけでは、語り尽くせていないような気がした。 もっと違う角度から説明してみよう。
 私は、大学1年だった二十歳の時から1年ほど、毎日、日々の思いを短歌に表現していた。ちょうど大学入学を機に、一人暮らしを始めていたこともあって、離れて暮らす父母を想って詠ったり、自らの生活を振り返って内省し、それを短歌として表現したりしていた。
 短歌の創作をしていて気づいたことは、五・七・五・七・七という限られた三十一文字に、思いを表現するためには、何が表現したいのかを自問自答することが不可欠で、一番、その時の自分の心にしっくりする言葉が選べた時、心が浄まるようなすっきりした気持ちになることだった。
 それは、スケッチや絵を描く時にも通じることだ。スケッチを描く時、自然に不必要な要素を省略し、感動した部分を丁寧に描いたり、強調したりすることが多い。だからこそ、写真にはない絵の良さがあるのだとも思う。そして、絵を描いた後に気持ちが良い時は、自分が描きたいと思った肝心なところが、ある程度、描けたときだ。
 だから、絵を描く行為は、短歌をつくる行為にも似て、目の前の対象を描きながらも、実は、自分自身の心と対話していることに他ならないと思う。
 このブログ「絵を描く喜び ~アトリエTK」を始めようと思ったきっかけは、先のインタビューを受け、今一度、自分に対して、絵を描く意味を問いたいと思ったことだった。
 そして、その答えをさまざまな角度から見つけていくことが、きっと同じ様な問題意識をもつ人々の参考になるとも思った。
 これからも、絵を描く喜びをブログを通してご縁があった方々と分かち合っていければ、幸せこの上ない。

小関隆史(TK)

2008年2月14日

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いのちの「表現」としての芸術と人生(5) 人生は舞台芸術

人生は舞台芸術である

 次に話題を「人生」に転じてみたい。
画家がキャンバスや画用紙に、自分の画想を表現するのと同様に、私たちの人生は、役者が、限られた時間の中で、各自に与えられた役割を舞台で演じるのに似ている。
 これについて生長の家副総裁・谷口雅宣先生は、御著書『心でつくる世界』の中で次のように説かれている。

  自分の心で“脚本”あるいは“筋書き”を書き、それを自演しているのが、我々の人生だと考えるのである。比喩的に言えば、「現象界は、我々一人一人が自分の心で脚本を書きつつ、自らの肉体を使って演じ続けている、長くて広大な舞台」(P337)

 だから、私たちがどんな心(意識)で生活するかが、人生の幸不幸を左右する。健康を思うか、病気を思うか。感謝するか、憎むか。「できる」と思うか、「できない」と思うか。「時間がある」と思うか、「時間がない」と思うか――こうした私たちの思いによって、結果が大きく変わってくる。

仕事と講師活動の両立はできるか

 個人的な体験になるが、平成15年12月のある日、秋田教区の教化部長(※1)から、「来年2月にある男女壮年層対象の講演会(3会場)に来て欲しい」との依頼を受けた。私は、ちょうどそのとき、記者としての仕事以外にも幾つか新たな仕事が増え、「これからやっていけるのだろうか?」と不安に思っていた時だった。しかも、青年相手に話をするなら、経験があるが、相愛会・白鳩会(※2)の方を対象とした一般講演会で講話をした経験が私にはまだなかったから、断りたい気持ちだったが、「これは自分のためにも引き受けた方がいい」という思いがして、上司に相談した上で引き受けることにした。が、それで問題が解決したわけではなかった。日常業務だけでも手いっぱいなのに、講話の準備ができるだろうか?との不安が拭いきれなかったのだ。
 しかし、とにかく早朝の時間を利用して、講話の準備を始めていたある日、「なぜ自分は今の現状が不安なのだろうか」と自問自答した。そして、そのとき、気がついたことがあった。自分の意識の中で、「日常業務(記者)」と「講師活動」とを同一平面上にあって重ならない、別々のものと考えていたということを。
 この2つの仕事を別物と考えると、当然、片方をしているときには、もう片方はできず、時間をそれぞれに使わないと両方の仕事ができない。単純に時間がもっと必要になる。
 でも、よく考えてみると、この2つの仕事は「教えを伝える」という点で、同じだったのである。これに気づくことによって、気持ちがうんと楽になり、前向きな発想がどんどん生まれてきた。まず、過去に自分が取材した相愛会員の記事の中で講演会で使えそうなものをピックアップ。すると、いくつか講話で使えそうな体験談が見つかり、機関誌・紙の取材をして原稿を書くということが、そのまま講師活動につながることがわかったため、目前の取材にも身が入り、どちらの仕事も支障なくできたのである。
 そうこうするうちに、当日を迎え、2日間、合わせて3会場で講話を行った。すると、2会場目で、こんな体験をした。

 平成14年5月に日本武道館で開かれた相愛会・栄える会合同全国大会で体験を発表し、生長の家の機関誌『生長の家相愛会』15年8月号にその発表内容が掲載された三重教区の小清水隆文さんの話を講話の中で皆さんに紹介した。要約すると、小清水さんは、奥さんと不調和でけんかばかりしていたそのときに、普及誌(※3)を“ポスト愛行”してもらいみ教えに触れた。以来、一所懸命、祈ったりしたが、奥さんと3人の子供達との心の溝が埋まらず、ついに家族が家出をしていまう。でも、小清水さんは、相愛会員となり、やがて幹部となって、「第一のものを第一に」との気持ちで、愛行活動に励んだ。
 そうして、奥さんが家出して9年経ったある日、奥さんに会った小清水さんは、こう話した。「正式に離婚してもいいよ。もちろん金銭的な援助をします。それから、あなたが戻りたいなら戻ってきてもいいよ。もちろん、大歓迎します」と。そこには自分本位の「我」の心はなかった。ただただ相手の幸せを願う気持ちばかりだったのだ。すると、奥さんからの返事は「戻ります」だった。それから、家族が元通り一所に暮らし、愛語・讃嘆に満ちた家庭になったという。

 この話を紹介しているうちに、小清水さんの気持ちが自分の中から込み上がってきて、奥さんと対面したそのクライマックスの時に話しながら感極まってしまった。すると、会場にいた50、60名ほどの参加者から、波のような喜びの念が私に押し寄せ、皆さんとの一体感を感じて心が満たされたのである。それは、目に見えない生命(いのち)の世界で一つにつながったような感覚だった。
 この体験により、機関誌の取材が講話に生き、講話での聴衆との一体感が、さらに取材活動にも生かせると思ったのである。こうして、一見、別々の形をしている仕事が、実は相互に影響し合い、重なっていることに気づき、私の仕事全般に対する見方が変わった。

今を生きる

 「生長の家」の兄弟よ。今があなたの時なのだ。今! 実に今だ! 今のほかに時はない!兄弟よ。今あなたに与えられているすべてのことを今断々乎として敢行せよ。今あなたに可能であると見えることをなんのためらいもなしに今実行せよ。これが「生長の家」の生き方だ。そして生命の法則にかなう道だ。(『生命の實相』第7巻生活篇P56)

 生命(いのち)の世界から見ると、今、目の前にある仕事、家庭生活、その他、それぞれ別の形をしている事柄は、まったく別のものではなく、すべて「私たちの魂を磨くための好機会である」という点において一つである。その自覚の深まりの中で、目前のことに集中して取り組むとき、すべてが互いに生かし合い、整ってゆく世界が、自己の周りにあらわれる。
 すなわち、時間的・空間的な制約を超えた無限の広がりをもつ「今」の一点を生きること、そこから、いのちの「表現」としての人生が、輝きをもって展開していくことだろう。〈了〉

小関隆史(TK)

※1 全国の都道府県に合わせて59ある布教エリア(教区)の各責任者
※2 相愛会は主に中高年男性が集まる組織、白鳩会は婦人の組織
※3 日本教文社が発行する月刊誌。『理想世界』ジュニア版、『理想世界』、『光の泉』、『白鳩』の4種がある。

●以上、5回にわたって連載してきました「いのちの“表現”としての芸術と人生」は、平成16年12月22日、(宗)生長の家出版・広報部(当時)で行われた部内学習会でレポート発表した内容に加筆・修正したものです。(小関)

【参考資料】
○谷口雅宣著『心でつくる世界』(生長の家刊)
○谷口雅春著『生命の實相』第7巻生活篇(日本教文社刊)

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いのちの「表現」としての芸術と人生(4) “いのち”に触れる――長谷川潔画伯の場合

“いのち”に触れる――長谷川潔画伯の場合

  次に紹介するのは、画業70年のうち、実に晩年までの60年間をパリで過ごした日本人の版画家、長谷川潔画伯(1889-1980)である。氏は、渡仏後に起こった第二次大戦中に、次のような神秘体験を得た。(以下、引用文)

  ある朝、私は、いつもとおなじように籠を手に、画題に使えるような、何か変わった草、石ころはないかと、パリの近郊に散歩に出た。戦争が始まっても帰国せずにフランスに留まったままの私は、そのためひじょうなる物心両面の苦労を日々かさねていたころのことだった。そこで、その朝も、遠くの雲を眺めたりしながら、いつも通る道を歩いていったのだったが、不意に、1本のある樹木が、燦然たる光を放って私に語りかけてきた。「ボン・ジュール!」と。私も「ボン・ジュール!」と答えた。するとその樹が、じつにすばらしいものに見えてきたのである……。Photo_3
  いつも通る道の、いつも見る樹が、ある日ある時間、そのように語りかけてきたのだ。立ちどまって、私はその樹をじっと視つめた。そして、よく見ると、その樹が人間の目鼻だちとおなじように意味をもっていることに気づいた。土中の諸要素が、多少のちがいだけで、他と異るそのような顔をつくりあげたものであろう。しかし、人間とは友であり、上でも下でもないこと、要するに万物はおなじだと、気づかされたのであった。
  ラジオの受信機にしても、出来の良し悪しはあろうとも、ともかく調節すれば音が聞こえてくる。それと同じように、波長を合わせることによって聞こえてくる万物の声というものがあるのだ。
  そのとき以来、私の絵は変った。 【資料①】

「万物はおなじだ」と気づいた長谷川画伯の絵が、どう変わったのか興味深いところだが、それを推し量るのに格好な、画伯最晩年の版画がある。「草花とアカリョム」(1969年)と題するこの絵(写真下)は、水槽に入った魚の前に花瓶が置かれた静物画(版画)だが、一見、不自然とも考えられる魚と草花との組み合わせに不思議と違和感はなく、非常に静謐な雰囲気が作品全体に漂っている。画伯の絵の解説によると… (以下、引用文)

 Photo_4 私は、自身庭や田野で摘み取った、色々な好む草花を花瓶に入れ、長方形のアカリョムの傍に置いたとき(全く異る如く思われる2つの世界)、水中を泳ぐ魚と、花瓶の草花とは、微妙に融合し、あたかも花と胡蝶との関係にも等しく、魚は草花に入り、或いは花より魚が出現するかの観を与えた。
  草花は水を、水は魚を、魚は虫を、虫は草を、と次々に連想を進めると大自然の総ゆる存在物は一大円形を形成する。
  このマニエール・ノワールの近作銅販画「草花とアカリョム」は、かかる考えによって構成された。 【資料②】

 こうした「万物が調和した世界」の表現。これこそが、画伯が最終的に到達した境地にほかならない。そして、それは宗教が目指すところの境地にも通じていよう。

 以上、上村松篁、長谷川潔の両画伯とも、“いのち(実在)”に触れたその体験により、自身の意識が変わり、結果としてその絵画も“画格”が向上したり、調和した世界を表現するなど変わっていった。やはり、「表現」としての芸術を素晴らしいものに高め上げるためには、時間的・空間的制約を超越した普遍的なる実在――“生命(いのち)”の把握が不可欠なのではないだろうか。(つづく)

小関隆史(TK)

【参考資料】
○私は白昼に神を見る――長谷川潔画伯、制作の秘密を語る――記録者・竹本忠雄 『プリント・アート』24(1976年)【資料①】
○作品解説 銅版静物画「草花とアカリョム」長谷川潔 『秀作美術』26(1969年)【資料②】

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いのちの「表現」としての芸術と人生(3) “いのち”に触れる――上村松篁画伯の場合

“いのち”に触れる――上村松篁画伯の場合

 前回の文章の最後で、自身の心を掘り下げていけば普遍的な存在にたどりつく、ということを述べたが、それは自分自身の内側だけに限らないと思う。
 例えば、私がかつて京都精華大学で日本画を学んでいた時に教わった教授や講師たちも、目に見える風景や植物の表面的な姿の奥にある「何か」を描こうとしていることを、彼らが絵について語る言葉の端々から感じた。はっきりとした言葉でそれを表していた人はいなかったが。

 実際、私の知る一流画家の中には、一種の「悟り」ともいうべき、「実在(いのち)」に触れる神秘体験を通して、その画業を花開かせた人が何人もいる。
 まず一人目は、私が通った美術高校の大先輩でもある日本画家の上村松篁画伯(1902-2001)だ。松篁氏は、その自伝『春花秋鳥』(日本経済新聞社)の中で、京都市立美大の教授をしていた昭和28年、満51歳の夏に、初めて「自然の本体」に触れ、「自然の声」を聞いた体験を記している。当時、奈良・平城に住んでいた松篁氏は、1カ月間、毎日、朝から晩まで、大きな芋の葉を写生していた。そんなある日のこと…(以下は、書籍からの引用)

 そうしているうちに、かなり離れた所からサラサラ流れる水の音が聞こえてきた。日照り続きだったので農家の人が水路の堰から畑に水を入れているのかと思った。ところが、その水音はだんだん大きくなり、こちらに近づいてくるように聞こえるのに、実際に里芋の畑にまで水が流れてくる様子は全く見えない。
  やがて、海の風のように量感のある風が吹いてきた。分厚い感じの風である。汗のにじんだシャツのボタンをはずし、その風を胸に受けながら写生しているうちに、気が遠くなっていった。その時、夢うつつのうちに聞こえてきた水の音は、ザーッという風と波の音がまじったような大きな音になり、私の体を包み込んだ。
 その忘我の状態が20分ぐらい続いていただろうか。ふと気がつくと私は芋の葉に向かって腰かけたまま合掌していた。心から「ありがたいなあ」という気持ちが湧いてきて、涙が流れた。今の今まで40年近く絵の勉強にはげみ続けてきたのは、この境地にめぐりあうためだったのか――そんな満足感もあった。(中略)
 なぜ、あんなにうれしかったのだろう、と考えてみた。自然の生命がわかった喜び、自然の本体に触れた感動ではないかと思った。「実在を知った喜び」とも「霊気に触れた感動」とも言えるだろう。体を包み込んだあの海鳴りのような音は、私を忘我の恍惚境に導く「自然の声」だったに違いない、と自分では考えている。(P136~137)

 この神秘体験の後、松篁氏は、この里芋畑をもとにして描いた作品で、「自分の画格が以前よりまた少し上がったように感じた」と生長の実感を吐露している。ここでいう“画格”とは、人間における人格と同様、「絵画における精神性」のことである。(つづく)

小関隆史(TK)

【参考資料】
○『春花秋鳥』上村松篁著(日本経済新聞社刊)昭和61年

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いのちの「表現」としての芸術と人生(2) 作品は自分を映し出す“鏡”

作品は自分を映し出す“鏡”

 前回述べたデッサンや写生にも、その作者の個性が如実に表現される。大学受験のための美術研究所などで一緒に絵を学んでいると、サインを見なくても、誰それの作品だとすぐに分かるようになってくる。人物画を描くと、たとえ他人を描いた作品であっても、どことなく作者に似てくるのでおもしろい。
 生長の家芸術家連盟(※)の発起人の一人で彫刻家だった伊東種氏の著書『無韻の美』には、興味深い次のような話が紹介されている。

Photo 「“はにわ”研究家の宮崎市の本部マサエさんは昭和37年1月31日の『日経』紙上で“人生幾山河、制作への苦労はきびしいものでした。古代人になりきった気持ち、邪念のない明るさ、おおらかさをうつし出すには、自分がそこにいなくてはならない。作っても作ってもできないときは土を握りしめていくたび泣いたことでしょう。そしていつからか、幼な子のひとみと、はにわの目が同じであることを見出しました。子供の純真さが、はにわそのものなのでしょう。それからはできるだけ子供と遊ぶことにしています』

 この「はにわ」の写真を見ると、なるほど、本部さんのおっしゃるこPhoto_2とがよく分かる。実際、今、小学4年生の私の長女が、幼稚園児だったころの絵(写真)を見てみると、「はにわ」に通じる子供らしい「無邪気さ」「純真さ」が感じられる