『絵の教室』を読んで(1)――「写真のような絵」はいい絵?
少し前、額に入った「絵の写真」をいただきました。
「絵の写真」というのは、どういうことかというと、その方が描いた風景画を写真に撮ったもの、という意味です。
最初、その絵を手にした私は、ちょっと驚きました。なぜなら、まるで風景写真そのものに見えたからです。これまで、何百という絵画を見てきて、初めての体験でした。
まったく筆のタッチが見えず、省略もない、写真で風景を撮影した時のように、細部に至るまで、見えるものすべてが描かれていたのです。
黄色、オレンジ、赤、緑…、秋の紅葉が描写されたその風景は、美しいはずなのですが、なぜか私の胸に響いてこないのでした。写真として見るならともかく、それを絵として認めることに対する違和感のようなものが、どうしても拭いきれなかったのです。
もちろん、いくら原画ではないとしても、額に入れて持参され、ご厚意としてくださったわけですから、受け取らないわけにはいけません。丁重にお礼を述べて頂戴しました。
そんなことがあったものですから、最近、水彩画家の安野光雅さんが書かれた『絵の教室』(中公新書1827)を読んでいて、写真が絵画に与えた影響や、写真と絵画の違いについて言及されているくだりに、特に興味を引かれました。
中でも、ドイツ人画家のアルブレヒト・デューラーが「見取り枠」を使って正確な「遠近法」で絵を描いていた同じ方法を、安野さんが実験してみるところは、この本の中でも非常におもしろいところです。
デューラーが考案した「見取り枠」を使った描き方とは、つまり、こういうことです。
(1)20号の大きさの木枠を用意する。
(2)5センチごとに、枠に釘を打って、それに黒いゴム紐(ひも)を引っかけ、縦横の座標(碁盤目)をもつ枠を作る。
(3)(2)と同じ比率の碁盤目を書いた画用紙を用意する。
(4)(2)の木枠を目の前に置き、座標が見えるように自分と垂直に固定する。
(5)(2)の座標をのぞく孔(あな)を目の前で固定する。
(6)(5)の「のぞき孔」から、木枠の碁盤目を通して、風景や静物を描く。
安野さんは、この木枠を使って、静物画と風景画を実験的に描いています。
最初に、木枠を使って描くスケッチですが、木枠に張られたゴム紐でつくられた“碁盤目”と手元に広げた画用紙の碁盤目は同じ比率ですから、碁盤目によって切り取られた風景の形を、1区画ずつ、画用紙の碁盤目に描き写していくのです。ちょうど地図を写すような作業です。
こうして、誰が描いても同じ、正確で省略のない絵ができあがるというわけです。
安野さんは、静物画も風景画も、この「見取り枠」を使って描いた後に、いつも通りにスケッチし、二種類の方法で描いた作品を並べて紹介しています。
おもしろかったのは、静物画と風景画の両方とも、正確に描き写しているのは、「見取り枠」を使った方なのですが、どちらの絵の方が魅力的かと問われたら、私なら迷わずに、「“見取り枠”を使わずに描いた方!」と答える、と思えたことです。
安野さんは、次のように語っています。
「この二つをくらべてみると、のぞき孔を通して描くと客観的です。つまり、枠からのぞいて描いたのであれば、誰が描いても同じになるだろうというところから、これは客観的です。一方は、枠をのぞいていないために、わたしが勝手にわたしの考えで描いたのだから主観的です。これはいわば機械(カメラ)と手作り、という関係になります。
(中略)
ワープロで書いたラブレターというのは考えられないのですが、この頃はどうなのでしょう。以前はワープロで書いたよりも手で書いた手紙のほうが、その人の気持ちが直接伝わってきたような気がします。
絵もやはりそれに似ています。写真のように描いたり、あるいは写真を見て描いたりするとダメだと思うのです。その人の個性がどこかへ行ってしまって、写真のように描かされてしまい、上手だけども何も伝わってこない、ということになりがちです」(同書79~80ページ)
絵画においては、正確に機械的に描き写すという客観性より、むしろ描き手がどう感じて、それをどう表現したか、という主観性がより重視されるということなのでしょうね。
小関 隆史
○参考資料
『絵の教室』安野光雅著 中公新書1827 カラー版 2005年12月20日発行
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コメント
こんにちは、
写真と絵画の関係ですが、最近の画家は、プロジェクターを使って写真をカンバス上に投影し、アタリをとってから絵を描く……などということを聞きました。こういう制作法はどうでしょうか?
投稿: MT | 2008年4月11日 (金) 22時39分
MTさん
私もそういう制作法を聞いたことがあります。
写真を活用して遠近法で描く方法としては、非常に効率的で便利だと思います。デューラーが今の世に生きていたら、「これは便利だ!」と喜ぶのでは…。(笑)
ただし、この方法をやってみる場面を想像すると、描く位置によってはカンバスに自分の影も映るので、結構不自然な姿勢で描かないといけないかも知れませんね。アタリをつける程度、というのがやはり現実的だと思います。
投稿: 小関 | 2008年4月13日 (日) 04時13分
>この方法をやってみる場面を想像すると、描く位置によってはカンバスに自分の影も映るので、結構不自然な姿勢で描かないといけないかも知れませんね。<
一般的には、そうでしょうね。でも、トレペみたいな紙に裏側からプロジェクターで投影すれば、写真に忠実な絵を描くことはできるような気がします。そう言えば、アップル社のアイポッドにつなぐ装置で、小型の液晶プロジェクターがまもなく発売されるという話を聞きました。これを使えば、白壁さえあれば、ビデオもスチルも簡単に投影できることになります。
投稿: MT | 2008年4月13日 (日) 23時53分
MTさん
>でも、トレペみたいな紙に裏側からプロジェクターで投影すれば、写真に忠実な絵を描くことはできるような気がします。
なるほど、これだと“影の問題”は解消されますね。
昔(25年くらい前!)のことですが、通っていた美術高校の図案科に「トレース機」というものがありました。
これは、写真や図版を拡大・縮小させて描き写す時に用いる便利な機械で、プロジェクターとフラットな1メートル四方のライトテーブルが一体となったものでした。
まさに、トレペをライトテーブルの上に置いて、自分が描いた花のスケッチなどを備え付けのレンズで拡大縮小して、輪郭線を描き写したものでした。
デザインの現場にもパソコンが普及した今、たぶん、このアナログ器機は倉庫で眠っているかも知れません。(笑)
>アップル社のアイポッドにつなぐ装置で、小型の液晶プロジェクターがまもなく発売
そうですか、アイポッドの周辺機器の充実はめざましいですね。
用途は違いますが、誌友会に出講する時に使えそうですね!
投稿: 小関 | 2008年4月14日 (月) 04時42分