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2008年5月

ビデオシリーズ(2) 日曜大誌友会 ~第1回絵手紙を描こう!

  先日、5月18日に開催した「日曜大誌友会 ~第1回絵手紙を描こう!」における指導風景の一部を収録したビデオです。講義ではなく、絵手紙の実習中に参加者に植物のスケッチを描く際のポイントを教えています。

 次回の日曜大誌友会は、「第2回絵手紙を描こう!」をテーマに、2008年6月1日(日)の午前10時半から正午まで、東京・渋谷区にある生長の家本部会館にて開催します。
 ぜひ、お誘い合わせてご参加ください。(小関)

 2008年5月29日

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TKの本棚(4) 『アルケミスト』

『アルケミスト――夢を旅した少年』(パウロ・コエーリョ著、山川紘矢+山川亜希子訳、角川文庫、本体552円、平成9年初版、20年31版)

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 一人の羊飼いの少年が、夢に従って旅をしながら自己の内面と対話し、ついに大切な“宝物”を見つける童話風のお話。
 
  主人公のサンチャゴ少年は、羊を伴っての旅の途中で朽ち果てた教会にたどりつき、眠っている間に、見知らぬ子供が手を引いてピラミッドへ連れていき、“ここにくれば宝物が見つかるよ”と少年に告げる――という印象的な夢を2度見る。Alquimista_book
 その後、占い師の老婆から「その夢は神のお告げ」と説明されるも信じられなかった少年だが、ひょんなことから不思議な話をする老人(実は賢者の王様だったのだが)と出合ったことで心が動き、エジプトに向かう。
 その旅の途中で、泥棒の少年、イスラームを信仰する商人、らくだ使い、錬金術師、心惹かれる娘――こういったさまざまな人と出合うなかで、サンチャゴ少年は人生に関する学びを深めていく。
 そして、ラストで待ち受ける「宝物」をめぐる思いがけない展開――。

 読み進むうちに、少年と自分が一緒に旅をしているような気になり、登場人物が語る真理の言葉が胸に響く。そして、内心を見つめ直している自分に気付いた。
 例えば、文中のこんな言葉が響いた。

「私は食べている時は、食べることしか考えません。もし私が行進していたら、行進することだけに集中します。(中略)私は今だけにしか興味を持っていません。もし常に今に集中していれば幸せになれます。砂漠には人生があり、空には星があり、部族の男たちは人間だから戦う、ということがわかるでしょう。(中略)人生は、今私たちが生きているこの瞬間だからです」(らくだ使いの言葉、100頁から101頁)

「どうやって未来を推測するのかだって? それは現在現われている前兆をもとに見るのだ。秘密は現在に、ここにある。もしおまえが、現在によく注意していれば、おまえは現在をもっと良くすることができる。そして、おまえが現在を良くしさえすれば、将来起こってくることも良くなるのだ。未来のことなど忘れてしまいなさい。そして、神様は神の子を愛していると信頼して、毎日を神様の教えにそって生きるがよい。毎日の中に永遠があるのだ」(千里眼(棒占い師)の言葉、122頁)

「人が本当に何かを望む時、全宇宙が協力して、夢を実現するのを助けるのだ」(錬金術師の言葉、136頁)

「賢人は、この自然の世界は単なるまぼろしで、天国の写しにすぎないと言っている。この世が存在しているということは、ただ単に、完全なる世界が存在するという証拠にすぎないのだ。目に見えるものを通して、人間が霊的な教えと神の知恵のすばらしさを理解するために、神はこの世界を作られたのだ。それが、行動を通して学ぶとわしが言ったことなのだよ」(錬金術師の言葉、150頁)

  こうした学びを得て、サンチャゴ少年は、物語のラストに近づく時、砂漠や風、太陽などの大自然と心の中で対話ができるようになっていく、そしてやがて、少年は自分自身の心の底からの「真実の願い」を発見する。

  この物語では、「前兆」という言葉が頻繁に登場する。ようするに、自分の身の回りのものが発する「無言の言葉」から、何か大切なメッセージを感じ取るということだ。
 この「前兆」というのは、実は私たちが普段気付かないだけであって、「見る目」や、感じ取れる「感覚」をもてば、必ず見出せるのではないかと思えてきた。 
 それは、ひょっとしたら、道端に咲く一輪の花の中にも、隠されているかも知れないのだ。私は、この物語の奥底に流れているのは、「すべては“いのち”の世界において一体」という世界観だと思った。すべては一体だから、砂漠や風や太陽を見ても、その発するメッセージを受け取ることができる。

  本書を読み終わった昨日、私は1歳半になるわが子・晃を連れて、公園へと向かった。その道中、わが子の様子を見ていると、実におもしろいことに気付いた。彼は、「感覚の世界に生きている」と思ったのである。
 一足一足、アスファルトの地面を踏みしめ、道路端の段差に置かれた鉄板の上で足踏みして音を楽しむ。他人の家であろうとお構いなしに近づいていき、ドアノブを回す。モルタルの壁面の感触を味わうように手でさわる……等々。わずか、100メートルの距離を進む間にも、実に目に見えるもの、手に触れるものを、「感覚」しているのだ。
 そんな彼は何を私に伝えているのか――。それはもちろん、先入観を捨てて、裸の目で外界を見ることの大切さだろう。それができれば、実にもっともっと今まで気付かなかった豊かな情報が私の中に入ってくるだろう。Tk080528_2

 この日の夕方、自転車でスケッチの題材を求めて出かけると、ちょうど頃合いのベンチが遊歩道脇にあるのに気付いて、そこに腰掛けた。
 目の前には、鬱蒼とした木々に囲まれた公園が広がる。木々の隙間から、ピンクや黄色の原色に彩られた遊具が見える。耳を澄ますと、たくさんの鳥がさえずる声がこだまする。
 私は、そんな目に見え、耳に聞こえてくるものを、絵に描きたいと思った。
 はたして、生まれて初めて、屋外で描いた抽象画が1枚出来上がったのである(右)。

 小関 隆史(TK)

 2008年5月28日

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TKの本棚に入る予定本(1) 『アルケミスト』

Alquimista_book  TKが今、4分の1ほど読んで、皆さんに紹介したくてたまらなくなった本。
 『アルケミスト――夢を旅した少年』(パウロ・コエーリョ著、山川紘矢+山川亜希子訳、角川文庫、本体552円、平成9年初版、20年31版)

 良書は数ページ読めば分かるもの。たまたま入った書店でブックカバーの絵に惹かれて手にした本です。
 通勤時に少しずつ読んでいるのですが、一人のスペイン人少年が、自分の夢に暗示された「宝物」を求めてピラミッドを目指して旅するお話。果たして、その「宝物」とは…。

 少年が旅の中で、老人、占い師、泥棒…など、さまざまな人と出会う中で、自分の生き方を見直す。そんな物語の随所に、心に響く言葉、真理を暗示させる言葉がちりばめられている。
 旅する少年の学びを通して、自らの生き方を見つめさせられます。

 以下の方におすすめ。

 ○物語の中から真理をくみ取るのが好きな人
 ○真理を自然な形で伝えられる物語を創作したいと考えている人(実は、私なのですが…)
 ○冒険物が好きな人

 読み終わったら、書評を書いて、TKの本棚に入れますね!

 小関 隆史(TK)

 2008年5月21日

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“小さな奇跡”を感じて ~日曜大誌友会裏話

 先日、初めて日曜大誌友会で絵手紙の実習を取り入れることにした際、一番、頭を悩ませたのは、何を参加者の皆さんに描いていただくかということでした。
 当日の参加人数がまったく読めない中、大体20人から30人の参加があることを予想し、スーパーで何か果物を買ったり、生花を用意しようかなぁ、と漠然と考えながら日々を過ごしていました。
 そうして、誌友会の2、3日前になったころから、だんだん焦りだしたのですが、いいアイディアが浮かばない。とうとう前日を迎え、食材をスーパーに買いに行ったついでに青果コーナーを眺めたりしていました。
 そんなこんなしていたある時、「そうだ、統一したモチーフをわざわざ用意しなくても、身の回りにある日用品や落ち葉など、目についたものを用意すればいい」と気づいたのです。
 そして当日、いつもより早く出勤した私は、職場の前の道路を眺め、落ち葉を探しましたが、1枚も落ちていません。まぁ、春ですからね。当然かも知れません。
 軽くショックを受けながら、仕事場の自分のデスクに着くと、そこに、見なれない紙袋が置いてあるではありませんか。そっと中を覗くと、そこには、実に青々とした「きゅうりの苗」が5本入っていました。
 そうです、私がベランダで家庭菜園をしたいと思っていることを知った同僚の「のらさん」(仮名)が、自宅から余った苗をもってきてくれたのでした。
「やった~!」と私は心の中で叫びました。これは、絵手紙のモチーフに使える、と。
 そうして何気なく、職場の冷蔵庫を開いてみると、先の「のらさん」が自宅の庭で収穫して皆に分けてくださった「さくらんぼ」が1パック残っているではありませんか。ここでまた、ニヤリ。
 次に、職場の中を見渡してみると、コンピュータのマウス、魚の顔みたいな一穴パンチ、ヘッドホンなど、いろいろと描きたくなるようなものがあり、それらを集めると、「これでいける」という感じがしてきました。
 また、日曜大誌友会の会場の1階にあるカウンターには、小さな鳥、ネズミ、フクロウなどの置物があり、それらも所有者に断ってから、絵手紙のモチーフとして使わせていただくことに。
 こうして、無事、誌友会が始まる時間までに、長机いっぱいにさまざまなモチーフが集まったのでした。
 良いことが起こる前触れを“吉兆”といいますが、特別にお金を出して用意したわけではないのに、必要なものが必要な時に集まってきたこの日の出来事は、私にとっての吉兆であり、“小さな奇跡”だったのです。
 だって、参加者に一番人気だった「きゅうりの苗」だって、当日の朝、私を待っていてくれていたようなものですから。(笑)
 こうした小さな奇跡の連続で、誌友会の演壇に向かう私が、どんなに心強く、喜びに満たされていたかは、説明するまでもありませんよね。
 私にとって初めての本格的な“絵手紙誌友会”は、こうした恵みを頂きながら“船出”をしたのでありました。

 小関 隆史(TK)

 2008年5月20日

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大雨の気づき

大雨の通勤時に気づいた恵み

街路樹や道路脇の緑が色鮮やかだったこと

行き交う乗用車がすべて
私のそばを通り過ぎる時に速度を落として
私に“泥はね”がかからないように配慮してくれたこと

長年愛用している雨天用のブーツに
小さな穴があいていて水がしみこみ
両方の靴下がびしょ濡れになり
「もう換え時だ!」と決断できたこと


小関 隆史(TK)

2008年5月20日

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行事のご案内 「第2回絵手紙を描こう」(日曜大誌友会)

名称:6月・日曜大誌友会

テーマ:第2回 絵手紙を描こう!(絵手紙の実習を含む)
テキスト:『太陽はいつも輝いている ~私の日時計主義 実験録』(谷口雅宣先生著、生長の家刊)、『真理の吟唱』(谷口雅春先生著、日本教文社刊)
参考資料:『光のギャラリー ~絵手紙はWebにのって』(小関隆史監修、生長の家刊、4/27発売)

日時:平成20年日(日)
   午前10時30分~正午  ※ この日は、前講はありません。
会場:生長の家本部会館・南館2階
    東京都渋谷区神宮前1-23-30 Phone: 03-3401-0131

講師:小関 隆史・本部講師
持ち物:テキスト、絵手紙を描く道具(ハガキ用紙、絵の具、パレット、筆、サインペン、鉛筆など)
     ※自分が描きたい題材(モチーフ)がある人は、果物、花、置物など、なんでもご持参ください。

 *ご案内のことば*

 5月18日(日)に「絵手紙を描こう」というテーマで日曜大誌友会における聖典講義で絵手紙の実習を取り入れたところ、参加者が26人あり、全員の方が絵手紙を描いてくださいました。当日の模様および参加者による絵手紙作品は、「光のギャラリー」に紹介していますので、ご参照ください。
 次回も、“日時計主義”の生き方について解説した後、絵手紙を描く時の心得・描き方を説明し、参加者の皆さんと実際に絵手紙を描きます。
 画材は、ある程度はこちらでも準備していますが、なるべく、色鉛筆、絵の具、絵筆、鉛筆、サインペンなど、ご自分が使いやすいものをご持参いただけると幸いです。
 希望者には、絵手紙の講評も行います。
 皆さんに何を描いてもらうかは、当日までのお楽しみです。
 もちろん、「私はこれが描きたい」とハッキリしている方は、お好きなものを持参して描いてくださって結構です。
 東京近辺に住む皆さま
のご参加を楽しみしています。

 小関 隆史

 平成20年5月19日 

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自分の言葉で描く(1) ~中川一政画伯の場合

 今日は、私が尊敬している画家、中川一政画伯(1893-1991)のことをちょっと書いてみます。
 中川氏は中学校を出て、特になりたいものがなかった。それで、大正3年、21歳の時にたまたま北村亮造氏よりニュートンの絵具を贈られ、初めての油彩画『酒倉』を描き、それを巽画会展に出品したところ、岸田劉生の目にとまり入選。絵描きの道を歩み始めたといいます。私は、この『酒倉』の実物を神奈川県真鶴町にある「真鶴町立中川一政美術館」(リンク)で見ましたが、小品でしたが、重厚な雰囲気のとても魅力的な作品でした。
 しかしながら、当時は、絵描きになるには美術学校に行って、卒業してから洋行もしないと一人前とは認められなかった時代。中川氏は美術学校を出ていないということで、たえずコンプレックスを持っていたそうです。でも後に、ゴッホやセザンヌら印象派の画家たちも、最初は素人から段々進んで専門家になっていったのであって、美術学校で教わったのではなく、彼らは一人で仕事を完成していったのだと知る。そして、「どんな描き方をしてもいい」と中川氏は思うようになったといいます。
 次にそうした気持ちの変化についての中川氏自身の言葉を紹介します。

 セザンヌでもゴッホでもルオーでも、みんな素人から出てるわけなんです。描写力、アカデミックの描写力ってものを、かえって軽蔑するようになった。それが近代の絵画で、みんなひととおり素人にかえってきたわけなんです。
 それで私がさっき学校へ行かないから、学校じゃいいことを習ってるだろうというコンプレックスを抱いたということを話しましたけれども、今はそう思わないということを話しました。学校でもって教育するのは、やっぱりアカデミックな技術なんで、近代の絵描きというものは、みんな自分でもって発見した技術をもたなければいけない。
 自分の言葉でもって文学を作らなきゃいけない。人の言葉でもって文学作ったら駄目だ。(中略)
描きでも自分の言葉を探しているわけなんです。たとえばゴッホ。ゴッホの描き方なんて、それまであんな描き方する人はいなかった。自分の、ゴッホの言葉でもって絵を描いている。それからセザンヌにしたって、あんな絵を今まで描いた人はいない。セザンヌの言葉で描いている。
 自分の言葉で自分というものを突きつめて、そうして人に習わない、人の方法を借りないで、自分の言葉でもって美術をつくっていこうとする。それでいるとみんな違ってくるわけなんです。

(『生命の王者 油絵を描いた禅坊主・中川一政』66~67ページ)

  とはいえ、「自分の言葉で美術をつくる」ためには、やはり努力が必要なのですね。中川氏の場合は、1949年(昭和24年)、56歳の時に真鶴町にアトリエを構え、イーゼルと大きなキャンバスをもって日々、地元・福浦港の突堤(堤防)に出かけ、そこを“日本一広いアトリエ”と称して、突堤から見える港町や山並みを描き続けるのです。
 毎日、同じ場所から見える景色も、中川氏にとっては、日々違った風景に見えたそうです。驚くことに、その日本一広いアトリエで、5年以上同じ福浦港を飽きずに描き続けたというから大したものです。先に紹介した言葉にあったように、「自分の言葉で自分というものを突きつめて」いく日々だったのでしょう。ここで、中川氏の絵は大きな変化を遂げます。その後、中川氏の代表作ともいえる「駒ヶ岳」の名作も生まれていくことに。
 私は、真鶴町立中川一政美術館のビデオコーナーで、駒ヶ岳がよく見えるスカイラインの高所にある駐車場で、100号くらいの大きさのキャンバスを立てて、強風をもろともせずに、ゴシゴシと音を立てて油絵の具を塗っていく中川氏の姿を見たときに、すごい気迫を感じました。「空じゃどうしても描けない」と言って、現地での制作、対象物を見ての制作を続けた中川氏は、自然の中に身を置くことによって、自然の律動や“気”を直に感じ取って絵を描いていたのではないでしょうか。
 最後に、誰にも絵を習わなかった中川氏が、制作する上で大事にしていた信条を氏の言葉で紹介します。

  それで自分は人に教わったことはないけれども、一番自分の大事にしてきたことはどういうことかっていうと、手応えってことなんです。手応えを感じた絵は自分はいいと思うんです。そうじゃなしに、手応えが感じられなければ私は悪いと思うんです、それが私の今までの唯一のより所なんです。(同書72ページ)

「手応え」――自分の言葉で描くことを純粋に追求し続けたこの方らしい、言葉ですね。

小関 隆史

2008年5月15日

<参考資料>
○『生命の王者 油絵を描いた禅坊主・中川一政』清水義光著 1992年発行 河出書房新社刊 3800円 

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移りゆく季節の変化を楽しむ

 通勤時、最寄り駅までの片道約2.6キロの道のりを徒歩での移動に変えて約半年。
 自転車を使っていた時には気づかなかった街路樹やたくさんの草花が道路脇に育っていることに目が向くよ080512_072501_2 080512_072603 うになった。
 晴れた日に歩くのはもちろん気分のいいものだが、小雨降る朝には、草花がしっとりと雨露に濡れ、花や緑の葉の色が鮮明に目に飛び込んできて、はっとさせられることがある。
 そんなことを考えながら歩いていた今朝、駅までに見つけた花を携帯電話のカメラで撮影してみることにした。すると、しばらく歩くうちに10種類近くの花がすぐに見つかった。それらの花のうち、私が名前を知っていたのは、わずかに、ツツジとケシだけだったが…。
 歩くようになって気づいたことがもう一つ。日本には四季があり、季節に応じて咲く花も移り変わるというのは知っていたが、それが時には数日のうちに景色が一変するほど変わってしまう場合があるということだ。
 例えば、駅までの途中にある林には、少し前まで5、6本のハナミヅキが横並びになって白い花を咲かせ、遠目に見えるその景色を四角いフレームで囲めば、そのまま絵になるように感じ、スケッチしたい思いに駆られな がら歩いたものだ。それが、今ではすべての花が散り、少し残念に思っていたのだが、今朝、ハナミヅキの手前の黒い土壌を見やると、生き生きとした緑の草が伸び始めているのに気づいた。080512_072901 080512_074301
 日替わりというのは大げさだが、交代に顔を出してくる花々は、まるで舞台の花道を歩いてくるファッションモデルのようだと、つくづく思う。
  こうした通勤時に目にする日々の小さな変化を楽しむことができるようになったのは、歩くこと、そして絵を描く視点がもたらしてくれた恩恵だと思う。
  四季のある国に生まれ得たことに感謝しつつ、日々移り変わる景色の変化を味わいながら生きたい。

 小関 隆史(TK)

 2008年5月12日

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TKの本棚(3) 『「美」を生きる』

『「美」を生きる』(千住 博著 世界文化社、2008年3月20日発行、1995円)

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 本書は、日本画家で京都造形芸術大学学長の千住博氏(リンク)のエッセイを集めた本。
 『家庭画報』という月刊誌にここ2年ほど連載されていたエッセイと、母親の千住文子さんとの親子対談を収録している。Seuju_book
 千住氏の考え方に共鳴する部分が多い私としては、ぜひとも彼の生の声を知りたいと思い、購入した。
 パラパラと興味深い題名のエッセイを流し読みして思ったことは、この人は美術を極めるために生まれてきた人だな、ということ。幼少のころから、絵の才能は開花していたようだ。かと言って、順風満帆に歩んできたわけではなく、慶應大学付属高校の2年の時に藝大受験を志し、2浪の末やっと東京藝術大学に合格している。(千住氏の学年は4浪の入学者が一番多かったというから、“やっと”の言葉は適切ではないかも知れない)
  豊かな才能の持ち主には違いないが、文章を読んでいると非常に人間味を感じる。クールで理知的な風貌とは裏腹に、非常に熱っぽい人だということがわかった。
  例えば「大学」という題のエッセイでは、学生たちと授業で接する場面が次のように描写されている。

 教室にはあらかじめ約60人の学生たちが作品を持ち込んでいます。一人ずつ作品を皆の前に持ち出して、昼過ぎから講評会のスタートです。ノートを取りながら、熱心に耳を傾けてくれます。(中略)何回か休憩を挟みますが、ベルが鳴ろうが助手が「もう時間」と言ってこようが、全員に対して伝え切ったと思うまで終わりませんし、学生も誰も途中で帰る事はありません。そして夜の九時を過ぎるとさすがに構内からは追い出され、近くの居酒屋に場所を移して話の続きをするのが習わしです…
(同書36頁)

 このほか、収録されているエッセイの題名は、額縁、ホテル、ヴァイオリン、絵、自動車、水泳、豆腐のバター焼き、ワイン、美術部、岩絵の具、空港…などなど。多岐にわたるテーマについて語る中で、彼の生き方、感性、日常生活が浮き彫りになっていく。
 千住氏が手がけている新シリーズ「フォーリングカラー」と同名のエッセイでは、はっとさせられる次のような文章と出合った。

 様々な相容れないはずの色の組み合わせも、ある絶妙なバランスが生まれる瞬間があり、その時想像もつかなかったような美しいハーモニーが誕生する。相容れないと思われた関係も粘り強くその関係をつくろうと試みれば必ず可能性がある、という事をこの作品から私は教わったのです。(同書117頁)

 この一文を読んで、この“絶妙なバランス”とは、人間関係において調和した関係を築くためにも大切なことだと気付かされた。絵から教わるという千住氏のこの謙虚な姿勢、実に素晴らしいと感嘆した。

 最後になったが、千住博さんと千住文子さんの対談の中でも、実にいい話が載っていた。

 まず文子さんの子育ての考え方は――
「私たちの考える『教育』とは、子ども自身が興味を持って手に取ったものを楽しく一生懸命続けられるように見守る事、その子の一番いいところを引き出す事。そのために必要なのは文化的な環境と、興味を持った事を徹底して追及できる子ども自身の集中力。そして親の熱意だと思います」

 次に博さんの言葉――
「(幼い)当時、僕の絵を認め、励ましてくれた母は、今でも、変わらずに僕の作品を誉めてくれる。有難い事です。僕も息子たちが学校から絵を持ち帰ると、まず、『すごいじゃないか、おい』って言います。すると、彼らは嬉しいから、今度はこんなのを描いたよ、と持ってくる。人間、誰しも誉められたら嬉しいもの。けなされて伸びる人はいません」

 褒めて引き出す教育、千住家の徹底ぶりが伝わってくる。生長の家の教育法とも一致している。
  実際、文子さんが、誉めて育てた3人(博氏、明氏、真理子さん)が、それぞれ第一級の芸術家となったのだから、説得力がある。
  第一線で活躍する一人の画家の日常を赤裸々に綴った本書は、「生きる意味」を考える上で多くの示唆を与えてくれるに違いない。
 絵に関心がない人にもお勧めしたい1冊だ。

 小関 隆史

 2008年5月11日

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TKの本棚(2) 『有元利夫 絵を描く楽しさ』

『有元利夫 絵を描く楽しさ』(有元利夫、有元容子、山崎省三著 新潮社、2006年9月23日発行、1575円)
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 28歳で画壇のシンデレラボーイとして注目を集め、10年間で数々の名作を残した後、卒然としてあの世へ旅立った画家、有元利夫(リンク)の在りし日の姿を多角的に描いた1冊。
  画家の言葉、作品の写真のみならず、アトリエ内や自宅、愛用の品々、コレクションなどArimoto_book カラー写真が満載で、有元ファンには見応えある内容だ。
 私が有元利夫の作品と出合ったのは、1985年に有元氏が38歳の若さで急逝した後のことだったと記憶している。
 まるで古い時代に描かれたかのような独得の絵肌、異国の女性を思わせる人物画になんともいえない魅力を感じ、87年、大学2年の時に、兵庫県の西宮市大谷記念美術館で開催された有元利夫展を観に行ったことを、よく覚えている。
 この美術館は、閑静な住宅街の中にある個人の邸宅のような趣の落ち着いた建物で、私がこれまでに訪れた数ある美術館の中でも間違いなくベスト3に入れたい名館。そんな美術館の雰囲気と、有元氏の作品が非常にしっくりと合っていたのが記憶に残っている。
 本書を読んで改めて知ったのだが、有元氏は、東京藝術大学2年の時にイタリアを訪れた際に、フレスコ画(漆喰が生乾きの状態の時に石灰水で溶いた顔料を塗る絵画技法)と出合い、非常に東洋の仏画との接点を感じ、日本画の岩絵の具を使うようになった。有元氏は、洋画家のジャンルに分類されることが多い画家だけれども、特に本書で紹介されている晩年に描いた絵の中には、東西の宗教画を連想させる温かみと奥深さを感じる作品があり、洋画と日本画の区分けを超えている作家であると、改めて思った。
 また、有元氏自身による制作過程を描写したエッセイには、特に興味を引かれた。画家の多くは、本制作に入る前に小下絵(こじたえ)を描いて全体のイメージ(構成)を考えたり、キャンバスに木炭やパステルなどでアタリをつけてから描き始めることが多いが、有元氏は、真っ白なキャンバスに下書きもせずにいきなり絵の具で描き始めるか、それとも、制作中に余った絵の具を別の新しいキャンバスに無造作に塗っておき、そうしてできたさまざまな色や形が浮かび上がったキャンバスをアトリエの壁面に掲げ、いつでもそれらを眺められるようにしておき、それらのキャンバスが画家に何かを語りかけてきた時に、描き始めることが多かったのだそうだ。
 少し、それに言及した箇所を紹介すると、

 キャンバスに絵の具がついている。それに何か絵になるものがあって、それを核として次第に画面というか絵が出来上がってくる。それはただ単に画面全体が絵の具で覆われているとか、顔が描けているということではありません。核になるのはたとえば壁のしみみたいに、さりげなければさりげないほど良い。壁のしみからどれほど豊かな連想が湧いてくるか。それをレオナルド・ダ・ヴィンチは美しい言葉で書いていますが、僕が描きはじめの「捨て絵の具」をなるべく無造作にいい加減に無責任につけておくのも、実はそういうことなのです。そうした方が、その核をもとにして何でもどんなふうにでも世界は広がる。少くとも広がる可能性はずっと大きい。そこから先は、割に意識的にやる部分はありますが――。とにかく意識や作為を働かせるということは、一種の枠をはめること。ひとりの人間の作為や意識など、無造作で無作為なものが掻き立てる連想に比べたらちっぽけなものだと思うからです。
(『有元利夫 絵を描く楽しさ』53頁)

 豊かな発想を引き出すこうした工夫の中から、意外性やオリジナリティーのある名作が生まれていったのだろう。有本芸術の秘密を垣間見た思いがした。

小関 隆史

2008年5月9日

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宗教と芸術活動(1)

 4月17日付の『読売新聞』朝刊33面(社会面)に、「新宗教 美術品収集に熱心」という見出しの興味深い記事を見つけた。
 この記事では、冒頭で、去る3月、ニューヨークの競売で、鎌倉彫刻の巨匠、運慶作とされる“大日如来座像”を宗教法人・真如苑が約14億円で落札したことを紹介し、「幕末以降に生まれた新宗教には、ほかにも美術活動に熱心な教団が目立つ。なぜだろう」と切り出している。
 次いで、その具体例として、世界救世教が1982年に静岡県熱海市に設立した「MOA美術館」、神慈秀明会が97年に滋賀県甲賀市に設立した「MIHO MUSEUM」、天理教の指導者が創設し、56年から民俗・考古美術を一般公開している天理参考館、創価学会が設立した東京都八王子市にある東京富士美術館の例を挙げている。
 そして、新宗教が美術活動に取り組む理由として、「第一に教祖やリーダーの志向性が反映する。そして、規模が大きくなり、社会的な存在になると、教育や福祉、文化活動に自然と目を向けるようになる」との、井上順孝・國學院大学教授の見方を紹介している。
 その一例が、このたび運慶仏を落札した真如苑。伊藤真乗・開祖は実際に仏像彫刻を行っていた人で、教団もそれを反映してか、ガンダーラ仏を24点所蔵しているという。今回、落札した運慶仏は、「東京国立博物館に寄託する意向」という教団の発表なので、今後、一般公開される可能性が高いそうだ。
 新聞記事で紹介されていた主な内容は以上だが、私は、運慶仏の“嫁ぎ先”を心配していた一人なので、ほっとした。

 続いて私が信仰している生長の家と芸術との関わりにも、少し触れたい。
 生長の家には、教団の歴史をたどるパネルや創始者の谷口雅春先生の遺品、発行物などを展示することによって教団の歩みを知ることのできる「温故資料館」という施設が長崎県西海市の生長の家総本山にある。そこでは、常設展示のほかに谷口雅春先生や総裁・谷口清超先生が書かれた「書」が特別展示されることもある。が、あくまでも資料館であって美術館ではない。
 しかしながら、生長の家では、立教当初の昭和8年に『生命の芸術』という雑誌を創刊したのをはじめ、それに連動する形で、日本画、洋画、彫刻等を展示する「光明美術展覧会」や「生長の家児童絵画展覧会」、「生長の家家庭手芸展覧会」、宗教戯曲を題材とした演劇の発表など、直接的な布教だけでなく、芸術分野においても盛んに活動を行っていった時期があった。

 こうした流れは、途中に変遷はあったものの、今年で30回目を数える美術公募展「生長の家芸術家連盟美術展(生光展)」、生長の家聖歌隊チャリティーコンサート等に引き継がれ、さらに今年4月からは、生長の家の教えを地域単位で学ぶ集いである誌友会の場で、「技能や芸術的感覚を生かした内容」を取り入れても良いことになり、新たな展開を見せ始めている。
 この「新しいタイプの誌友会」では、絵手紙、写真、俳句、書道などの芸術表現や、パソコン、料理などの技能実習などを取り入れることで、教え(真理)を学ぶだけでなく、その場でみんなで一緒に実践し、表現する喜びを味わえる点で、非常に魅力的だ。
 とはいえ、こうした誌友会は、技術的に高度なことを参加者に要求して芸術家や専門家を養成するような目的で開催されるのではなく、誰でも説明を受ければある程度の表現が可能な内容で、実践結果の上手下手は二の次だ。
 それよりも、むしろ私たちの身近にある真象(しんしょう、神様の世界の素晴らしさがそのまま現れている事象)を見出すことに主眼を置く。つまり、この現実世界には、私たちが気付かないだけで、たくさんの「美」や「善さ」や「真実」が充ち満ちていることに気が付ける自分になることを目指す。
 新しいタイプの誌友会はまだ始まったばかりだが、おそらく地域単位の集まりで、こうした芸術表現を皆で行っている教団は、私が知る範囲では無い。

 多くの教団のように、美術館に第一級の美術品を展示して公開するということは、一般の来場者の感性を高めるのに役立つことで、大変、素晴らしいことだと思うが、生長の家がこれからやろうとしている「技能や芸術的感覚を生かした誌友会」も、日常レベルで参加者の芸術的感性を養い、誰もが日々の生活の中で美や善さや真実を見出す心の訓練が気軽に楽しく実践できる点において素晴らしい試みだと思う。
 宗教と芸術は、実は非常に共通しているということに、たくさんの人が気付くきっかけになるのではないかと期待している。

小関 隆史

2008年5月8日

参考資料
○『読売新聞』2008年4月17日付朝刊33面
○『生長の家五十年史』(280頁)

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