自分の言葉で描く(1) ~中川一政画伯の場合
今日は、私が尊敬している画家、中川一政画伯(1893-1991)のことをちょっと書いてみます。
中川氏は中学校を出て、特になりたいものがなかった。それで、大正3年、21歳の時にたまたま北村亮造氏よりニュートンの絵具を贈られ、初めての油彩画『酒倉』を描き、それを巽画会展に出品したところ、岸田劉生の目にとまり入選。絵描きの道を歩み始めたといいます。私は、この『酒倉』の実物を神奈川県真鶴町にある「真鶴町立中川一政美術館」(リンク)で見ましたが、小品でしたが、重厚な雰囲気のとても魅力的な作品でした。
しかしながら、当時は、絵描きになるには美術学校に行って、卒業してから洋行もしないと一人前とは認められなかった時代。中川氏は美術学校を出ていないということで、たえずコンプレックスを持っていたそうです。でも後に、ゴッホやセザンヌら印象派の画家たちも、最初は素人から段々進んで専門家になっていったのであって、美術学校で教わったのではなく、彼らは一人で仕事を完成していったのだと知る。そして、「どんな描き方をしてもいい」と中川氏は思うようになったといいます。
次にそうした気持ちの変化についての中川氏自身の言葉を紹介します。
セザンヌでもゴッホでもルオーでも、みんな素人から出てるわけなんです。描写力、アカデミックの描写力ってものを、かえって軽蔑するようになった。それが近代の絵画で、みんなひととおり素人にかえってきたわけなんです。
それで私がさっき学校へ行かないから、学校じゃいいことを習ってるだろうというコンプレックスを抱いたということを話しましたけれども、今はそう思わないということを話しました。学校でもって教育するのは、やっぱりアカデミックな技術なんで、近代の絵描きというものは、みんな自分でもって発見した技術をもたなければいけない。
自分の言葉でもって文学を作らなきゃいけない。人の言葉でもって文学作ったら駄目だ。(中略)
描きでも自分の言葉を探しているわけなんです。たとえばゴッホ。ゴッホの描き方なんて、それまであんな描き方する人はいなかった。自分の、ゴッホの言葉でもって絵を描いている。それからセザンヌにしたって、あんな絵を今まで描いた人はいない。セザンヌの言葉で描いている。
自分の言葉で自分というものを突きつめて、そうして人に習わない、人の方法を借りないで、自分の言葉でもって美術をつくっていこうとする。それでいるとみんな違ってくるわけなんです。
(『生命の王者 油絵を描いた禅坊主・中川一政』66~67ページ)
とはいえ、「自分の言葉で美術をつくる」ためには、やはり努力が必要なのですね。中川氏の場合は、1949年(昭和24年)、56歳の時に真鶴町にアトリエを構え、イーゼルと大きなキャンバスをもって日々、地元・福浦港の突堤(堤防)に出かけ、そこを“日本一広いアトリエ”と称して、突堤から見える港町や山並みを描き続けるのです。
毎日、同じ場所から見える景色も、中川氏にとっては、日々違った風景に見えたそうです。驚くことに、その日本一広いアトリエで、5年以上同じ福浦港を飽きずに描き続けたというから大したものです。先に紹介した言葉にあったように、「自分の言葉で自分というものを突きつめて」いく日々だったのでしょう。ここで、中川氏の絵は大きな変化を遂げます。その後、中川氏の代表作ともいえる「駒ヶ岳」の名作も生まれていくことに。
私は、真鶴町立中川一政美術館のビデオコーナーで、駒ヶ岳がよく見えるスカイラインの高所にある駐車場で、100号くらいの大きさのキャンバスを立てて、強風をもろともせずに、ゴシゴシと音を立てて油絵の具を塗っていく中川氏の姿を見たときに、すごい気迫を感じました。「空じゃどうしても描けない」と言って、現地での制作、対象物を見ての制作を続けた中川氏は、自然の中に身を置くことによって、自然の律動や“気”を直に感じ取って絵を描いていたのではないでしょうか。
最後に、誰にも絵を習わなかった中川氏が、制作する上で大事にしていた信条を氏の言葉で紹介します。
それで自分は人に教わったことはないけれども、一番自分の大事にしてきたことはどういうことかっていうと、手応えってことなんです。手応えを感じた絵は自分はいいと思うんです。そうじゃなしに、手応えが感じられなければ私は悪いと思うんです、それが私の今までの唯一のより所なんです。(同書72ページ)
「手応え」――自分の言葉で描くことを純粋に追求し続けたこの方らしい、言葉ですね。
小関 隆史
2008年5月15日
<参考資料>
○『生命の王者 油絵を描いた禅坊主・中川一政』清水義光著 1992年発行 河出書房新社刊 3800円
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