« 宗教と芸術活動(1) | トップページ | TKの本棚(3) 『「美」を生きる』 »

TKの本棚(2) 『有元利夫 絵を描く楽しさ』

『有元利夫 絵を描く楽しさ』(有元利夫、有元容子、山崎省三著 新潮社、2006年9月23日発行、1575円)
---------*----------------*----------------*---------------- 

 28歳で画壇のシンデレラボーイとして注目を集め、10年間で数々の名作を残した後、卒然としてあの世へ旅立った画家、有元利夫(リンク)の在りし日の姿を多角的に描いた1冊。
  画家の言葉、作品の写真のみならず、アトリエ内や自宅、愛用の品々、コレクションなどArimoto_book カラー写真が満載で、有元ファンには見応えある内容だ。
 私が有元利夫の作品と出合ったのは、1985年に有元氏が38歳の若さで急逝した後のことだったと記憶している。
 まるで古い時代に描かれたかのような独得の絵肌、異国の女性を思わせる人物画になんともいえない魅力を感じ、87年、大学2年の時に、兵庫県の西宮市大谷記念美術館で開催された有元利夫展を観に行ったことを、よく覚えている。
 この美術館は、閑静な住宅街の中にある個人の邸宅のような趣の落ち着いた建物で、私がこれまでに訪れた数ある美術館の中でも間違いなくベスト3に入れたい名館。そんな美術館の雰囲気と、有元氏の作品が非常にしっくりと合っていたのが記憶に残っている。
 本書を読んで改めて知ったのだが、有元氏は、東京藝術大学2年の時にイタリアを訪れた際に、フレスコ画(漆喰が生乾きの状態の時に石灰水で溶いた顔料を塗る絵画技法)と出合い、非常に東洋の仏画との接点を感じ、日本画の岩絵の具を使うようになった。有元氏は、洋画家のジャンルに分類されることが多い画家だけれども、特に本書で紹介されている晩年に描いた絵の中には、東西の宗教画を連想させる温かみと奥深さを感じる作品があり、洋画と日本画の区分けを超えている作家であると、改めて思った。
 また、有元氏自身による制作過程を描写したエッセイには、特に興味を引かれた。画家の多くは、本制作に入る前に小下絵(こじたえ)を描いて全体のイメージ(構成)を考えたり、キャンバスに木炭やパステルなどでアタリをつけてから描き始めることが多いが、有元氏は、真っ白なキャンバスに下書きもせずにいきなり絵の具で描き始めるか、それとも、制作中に余った絵の具を別の新しいキャンバスに無造作に塗っておき、そうしてできたさまざまな色や形が浮かび上がったキャンバスをアトリエの壁面に掲げ、いつでもそれらを眺められるようにしておき、それらのキャンバスが画家に何かを語りかけてきた時に、描き始めることが多かったのだそうだ。
 少し、それに言及した箇所を紹介すると、

 キャンバスに絵の具がついている。それに何か絵になるものがあって、それを核として次第に画面というか絵が出来上がってくる。それはただ単に画面全体が絵の具で覆われているとか、顔が描けているということではありません。核になるのはたとえば壁のしみみたいに、さりげなければさりげないほど良い。壁のしみからどれほど豊かな連想が湧いてくるか。それをレオナルド・ダ・ヴィンチは美しい言葉で書いていますが、僕が描きはじめの「捨て絵の具」をなるべく無造作にいい加減に無責任につけておくのも、実はそういうことなのです。そうした方が、その核をもとにして何でもどんなふうにでも世界は広がる。少くとも広がる可能性はずっと大きい。そこから先は、割に意識的にやる部分はありますが――。とにかく意識や作為を働かせるということは、一種の枠をはめること。ひとりの人間の作為や意識など、無造作で無作為なものが掻き立てる連想に比べたらちっぽけなものだと思うからです。
(『有元利夫 絵を描く楽しさ』53頁)

 豊かな発想を引き出すこうした工夫の中から、意外性やオリジナリティーのある名作が生まれていったのだろう。有本芸術の秘密を垣間見た思いがした。

小関 隆史

2008年5月9日

|

TKの本棚」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/224674/41151686

この記事へのトラックバック一覧です: TKの本棚(2) 『有元利夫 絵を描く楽しさ』:

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)