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2008年7月 4日 (金)

第2回「絵手紙を描こう!」における講話(3) ~真象を見る生き方

真象を見る生き方

  続きまして3番目、「真象(しんしょう)を見る生き方」、これが今日のポイントでございます。これはどういうことかと申しますと、『聖経版 真理の吟唱』にですね、詳しく載っています。もし、今日、この本をお持ちでない方は、何かノートにメモしていただいて、自宅に帰られてから読んでいただければ、非常に参考になると思います。
 まず読ませていただきます。276頁の「良きアイディアを受信するための祈り」です。
  ゆっくり読みますので、お聴きください。

 良きアイディアを受信するための祈り

 神は無限のアイディアの本源であり給う。宇宙の一切のものを観察するならば、神が無限のアイディアの本源であることは誰にも解るのである。宇宙には木の葉一枚くらべてみても同一の樹でありながら、全然同じ葉脈をもった葉は存在しないのである。

 皆さん、前にシャクヤクの花がありますけれども、この葉っぱもですね、一見、同じような形に見えますけれども、このシャクヤクの一つの茎に連なっているこの葉っぱ一つ一つをとってもですね、まったく同じ葉っぱは一枚もないわけなんですね。
 
木の葉一枚一枚の輪郭のえがく曲線の美しさ、葉脈の流れの美しさ、しかも一枚一枚ことごとく異なりながら、美しいのであるから、その無限創造の神秘力に驚嘆するほかはないのである。

  こんなにたくさん葉っぱがあれば、一つくらいは変な形があって、見苦しいのもあってもいいかもしれないですけれども、それがないわけなんですね。みんな微妙に違って、素晴らしいんですね。美しい。

人々の指先にある指紋を見よ、それは一つとして同一のものは存在しないのである。その如くすべての人間の想念感情性格なども、全然同一な者は一人もいないのである。

 ということがありましてですね。皆さん、後で一緒に花をスケッチしますけれども、改めて絵を描くにあたって花を眺めて見た時にですね。今までは見逃していた花の美しさが、きっと見えてくると思うんですね。
 続いて、248頁、「有情非情悉く兄弟姉妹と悟る祈り」を朗読させていただきます。

  私たちが花を見て、花の美しさを感ずることができるのは、私たちの生命(いのち)と花の生命(いのち)とが本来ひとつであるからである。私たちが空の星を見て、それを理解し天地の悠久を感ずるのも、星の生命(いのち)と私たちの生命(いのち)とが本来一体であるからである。或いはまた空の鳥を見て、その可憐さを感じ、その声の美しさに聴き惚れるのも、空の鳥の生命(いのち)と私たちの生命(いのち)とが本来一つであるからである。

 花を見て「ああ、美しいな」と思うのはですね、私たちの心の中に同じ美しさがあるから、それがいのちといのち、互いに感応して、感じ合って、そこに私たちが「美しい」という思いをですね、抱くことができる。私たちの中に美がなければ、美は感じることはできないんですね。ですから、絵を見て、その絵の良さが分からないっていう方はですね、やっぱりまだ、美を感じる心が開発できていないんですね。でも、ほんとに美を感じる心が養われてきたらですね。いろんな絵を見ても、その絵の美しさが分かるようになる。そういうことですね。

 私は、もともと大学で日本画を勉強していたんですけれども、最近また、日本画を勉強しようと思って本を読んでいるところなんですけれども、昨日読んだ本の中で、非常に心を打たれた文章がありました。これは、美と創作シリーズ『日本画を学ぶ 2』(京都造形芸術大学編、角川書店刊、税別6800円、平成11年5月20日初版)という題で出版されている本で、日本画家の松本勝さんという方がですね、その本の41頁の中でスケッチをする時にどういうことを感じるかということについて書かれています。それをちょっと紹介させていただきますね。

花を描くうえで大切な点は、花のもつみずみずしさ、質感、形である。そのため花がよく見えてくるまでスケッチに取りかからない。

  スケッチにとりかかるまで、例えばシャクヤクの花を描こうとしたら、すぐに鉛筆で描かないって言うんですね。しばらくその花をじっと眺めてですね、観察するんですね。「なぜこれは美しいんだろうか」などと考えながら、そのまま見つめる。で、この方は2、3時間も見つめていると、2、3時間も見るんですね! すごいですね。画家っていうのは、それほど観察するんですね。どういうふうに花が付いているか。花びらの一つ一つの形にはどういう法則があるか。そこまで見ていくんですね。

2、3時間も見ていると次第に形や色、花の特徴が明瞭となる。花のスケッチは朝が最適で、朝露に光る一花一葉は神秘な美しさに包まれ、触れると肉質を肌で感応できる。半開きの花びらが一瞬、動くときがある。それは感動の時で、花の生命を分け与えてもらった敬虔な気持ちにさせられる。(後略)(『日本画を学ぶ 2』、41頁)

 というふうにあるんですが、私も先日、家の近所の軒先に咲いているピンク色のバラの花と出合ったんですが、そのバラの花を早朝にスケッチしていると、20分ほど描いた時に、ふっと気がつくと花の形が変わっているんですね、最初に描き出したころと。「あっ、花っていうのは生きているんだな」ということをその時に感じるわけなんですね。そういうようにじっと観察していると、花は刻々瞬々ですね、生きていますから動いているということが感じられる。
 そういうことを思った時に、先ほど紹介した文章は、

 まさに、「いのち」と「いのち」が触れあう喜びを表現した言葉ではないでしょうか。
 花を見るという感覚を通して、花の背後(奥)にある神秘なるものに思いをはせる――スケッチは真理を探求することにもつながる行為だと、改めて思ったことでした。(「絵を描く喜び ~アトリエTK」2008年6月1日)

 というふうにね、私は昨日感じて、ブログに描きました。
 そういうようにスケッチを皆さんと一緒に描きますけれども、それは真理とかけ離れたことではなくて、逆にスケッチを通してそのものの本質に迫っていく。その本質――いのちなるもの――を私たちが感じる、それはとりもなおさず、真象(しんしょう:実在の投影のこと)を見て感じて、それを画面に表現するということであり、それは真理を生きるということにつながっていくわけですので、絵手紙を描いたり、スケッチをするということは、最初に申しました“日時計主義”――生長の家の生き方を生きることになるっていうことをですね、皆さまには改めて今日、体験していただきたいな、と思っています。(つづく)

小関 隆史(TK)

2008年7月4日

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コメント

久しぶりに参りました。
感動感動の連続で・・・・お勉強になります!
バラの絵を描く際に、いのちといのちのふれ合いを体験されたのですね~
感動です!
以前、TK先生のブログの中で、早朝に花を描く素晴らしさについて書かれているのを読ませて頂いた時に、いつか私も経験してみたいと心に秘めチャンスを待っいた所でした。
ですので、我が事のように嬉しいです。キャーって感じです。
明後日から夏休みですので子供達と早朝の花とのふれ合いにチャレンジしてみたいと思います。

きょんさん

コメント、ありがとうございました。
お返事が遅くなって、すみません。
ピンクの花のいのちとの触れあいに共感していただき、うれしいです。
親子で花のスケッチができるといいですね。
投稿、心からお待ちしています!

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