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2008年11月27日 (木)

富岡鉄斎のこと(1)

 最近、通勤電車の中で『モオツァルト・無常という事』(小林秀雄著、新潮文庫)を読み始めた。
 本書は、音楽家のモーツァルトをはじめ、西行、源実朝、富岡鉄斎、雪舟、本阿弥光悦、俵屋宗達など、多岐にわたる人物やその生き方・作品などを評論した本だ。私は小林秀雄(敬称略)が芸術について書いた文章が好きなので、文庫本化された本書を最近、購入した。
  最初の章は、モーツァルトについて書かれているのだが、音楽的素養のない私にはかなり難解で、興味はあるがよく意味が分からずなかなか読み進めない。というわけで、私が好きな画家の富岡鉄斎を書いたものから読むことにした。
 鉄斎とは、京都生まれの南画家で、生存年は天保7~大正13年(1836-1924)。南画とはあまり耳慣れない言葉だが、中国の山水画をイメージしてもらうといい。墨を多用した墨彩画で、讃(画に添えられた詩歌や文)が画面に入ることが多い。
  鉄斎のことは、美術高校に通っていたころから好きで、画集を見たり、京都市美術館で開かれた大々的な展覧会にも父と行ったことがある。その時には、横幅が5メートル以上もある大作も展示されていて、その筆力と迫力に圧倒された思い出がある。
 そんな個人的な思い入れもあって、モーツァルトについて書かれた評論とは異なって、するすると読み進めた。
 特に今日、「鉄斎Ⅱ」という章を読んでいて心に残った部分があった。
 小林秀雄が、「富士山図屏風」(紙本着色、六曲一双)の大作に引きつけられて、3時間も見続けたという体験に始まる作品解説のところだ(同書、172頁から175頁)。
 六枚折り(六曲)の屏風が一対(一双)ある作品で、一方の屏風には富士の全景が描かれ、他方の屏風には山頂が描かれている。
 小林秀雄いわく、前者は「何処から見ても決してこんな風に見る事は不可能な富士である」(173頁)とし、後者は「これも飛行機からでも見下さないと、とてもこうは見られぬと言った図である」(174頁)と感嘆し、作品から得た感動を、いきいきと筆を躍動させながら綴っている。
 まさに「鉄斎の真骨頂ここにあり」という感じだが、私も実際に生で鉄斎の晩年の大作群を見て感動した一人なので、小林秀雄の気持ちがよく分かる気がする。ようするに、「生きている」感じがする絵なのだ。特に山頂を描いた図などは、まるで富士山がモコモコと今にも動きだしそうな印象を受ける。
 鉄斎は晩年に至っては南画、文人画の域を超えて独自の境地に達したことを、小林秀雄は次のように述べている。

「讃嘆の長い歴史を吸って生きている、この不思議な生き物(小関註、富士山のこと)に到る前人未到の道を、彼は発見したよう様に思われる。自然と人間とが応和する喜びである。この思想は古い。嘗て宗の優れた画人等の心で、この思想は既に成熟し切っていた。鉄斎は、独得な手法で、これを再生させた。彼は、生涯この喜びを追い、喜びは彼の欲するままに深まった様である。悲しみも苦しみも、彼の生活を見舞った筈であるが、さようなものは画材とするに足りぬ、と彼は固く信じていた」(175頁)

 ここまで鉄斎の心情を見通す小林秀雄の洞察力、想像力に感嘆すると同時に、時を超え、世代を越えて観る人の心を打つ鉄斎芸術の精髄は、「喜びの表現」であったとする同氏の言説に大いに励まされる思いがした。

 小関 隆史

 2008年11月27日

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