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2008年12月29日 (月)

見る眼を養う

 私は、「絵手紙を学びたい」と集まってくる人を前にした時、文芸評論家の小林秀雄氏の「美を求める心」という小論から例話を引用して「絵を描く心得」を説明することがある。なぜなら、「見るということの深さ」を分かりやすく説明しているからだ。
  小林氏はこの小論の中で、画家が色を見る訓練と努力の結果、普通の人には信じられないほどの、色の微妙な調子を見分けていることに言及した上で、次のように問いかける。

 私達が、普通、私達の生活の中で、どんな具合に眼を働かせているかを考えてみるとよい。特になんの目的もなく物の形だとか色合いだとか、その調和の美しさだとか、を見るという事、謂わば、ただ物を見るために物を見る、そういうふうに眼を働かすという事が、どんなに少いかにすぐ気が附くでしょう。例えば、時計を見るのは時間を知るためです。だから時計を見ても針だけしか見ない。林檎は食べるもので、椅子は腰掛けるものだ。だから、林檎が、どんなに美しい色合いをしているか、つくづく眺めた事のある人は少い。(『考えるヒント3』41頁)

 小林氏が指摘していることは、要するに日常生活の中で接するさまざまなモノに対して、「用を足す」という目的や意味を優先させるばかりで、美的対象としてじっくり眺めている人が少ないということだ。
  さらに小林氏は次のような個人的体験例を挙げる。

  話は私事になるが、私は、ロンドンのダンヒルの店で、なんの特徴もないが、古風な、如何にも美しい形をしたライターを見付けて買って来た。書斎の机の上に置いてあるから、今までに沢山の来客が、それで煙草の火をつけた訳だが、火をつける序でに、よく見て、これは美しいライターだと言ってくれた人は一人もない。成る程、見る人はあるが、ちょっと見たかと思うと、直ぐ口をきく。これは何処のライターだ、ダンヒルか、いくらだ、それでおしまいです。黙って一分間も眺めた人はない。詰らぬ話をするなどと言わないで下さい。諸君は試みに黙ってライターの形を一分間眺めて見るといい。一分間にどれ程沢山なものが眼に見えて来るかに驚くでしょう。(中略)見ることは喋ることではない。言葉は眼の邪魔になるものです。(『考えるヒント3』41頁)

 この小林氏の気持ちは、絵を描く人ならきっとよく分かるはずだ。ライターはたとえ無機物といえども、それはデザイナーによって美しくデザインされたものだから、見る眼をもって見れば、そこに美を見出せるはずだ。『太陽はいつも輝いている ―私の日時計主義 実験録』(谷口雅宣先生著)を読んだことがある人は、第二章の「干しブドウを食べる」の話を思い出されたかも知れない。要するに、“心の自動運転”によって感覚を眠らせているという点で、同じである。
  さらに、小林氏の例え話を続ける。

 例えば、諸君が野原を歩いていて一輪の美しい花の咲いているのを見たとする。見ると、それは菫(すみれ)の花だとわかる。何だ、菫の花か、と思った瞬間に、諸君はもう花の形も色も見るのを止めるでしょう。諸君は心の中でお喋りをしたのです。菫の花という言葉が、諸君の心のうちに這入って来れば、諸君は、もう眼を閉じるのです。それほど、黙って物を見るという事は難しいことです。菫の花だと解るという事は、花の姿や色の美しい感じを言葉で置き換えて了うことです。言葉の邪魔の這入らぬ花の美しい感じを、そのまま持ち続け、花を黙って見続けていれば、花は諸君に、嘗て見た事もなかった様な美しさを、それこそ限りなく明かすでしょう。(『考えるヒント3』41~42頁)

「だから皆さん、まず目の前の対象の形や色をじっくり観察して、そこから発見した色や形を感じたまま、表現してしてください」と絵手紙の導入で説明すると、「絵を描くのは小学生の時以来」と言われる方も、あまり抵抗なく絵が描けるようだ。
 絵を描くためには、もちろん技術を養うことも大切だが、一番大切なのは、眼を養うことだと思う。自然の中にある美、それをどれだけ発見できるかは、自分自身の「見る眼」にかかっていると言っても過言ではない。そしてそれは、特別な才能がなくても誰にでも養えることだということも、この一年に出会ったたくさんの絵のチャレンジャーの方々が教えてくれた。そう、一所懸命に描く対象を観察して、右脳を活性化させることによって。
 発見は喜びを伴う。来年も、絵を描く場や機会をできる限り提供していって、生き生きと目を輝かせる人々をたくさん見たい、と思っている。

 小関 隆史

 2008年12月29日

<参考資料>

○『太陽はいつも輝いている 私の日時計主義 実験録』(谷口雅宣先生著、生長の家刊、2008年)
○『考えるヒント3』(小林秀雄著、文春文庫、1985年第10刷)

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