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2010年9月 9日 (木)

講話「子供は皆、天分をもって生まれてくる」(2)

○障害や能力の有無に関係なく人間は皆尊い神の子

 思い返せば、長女が3歳くらいの時、言葉の発達の遅れに気がつき、専門家に相談した際、「お父さん、もしお子さんを大学に行かせたいと思っておられるなら、それは難しいかも知れません。成長するにつれて今よりもほかのお子さんとの発達の差が広がっていくことが予想されますから…」とはっきり言われ、涙がこみ上げてきそうになったことがありました。
 しかし、幸いなことに、私は生長の家で「人間は、障害や能力の有無に関係なく、すべて神の子で尊い存在である」と教えられ、信じておりましたから、すぐに気持ちを切り替えて、「先のことは分からないけれど、この子に最大限の愛情を注いで育てていこう」と心に決めたのでした。
 おかげで、長女は、明るい人柄で、人と交わることが大好きな少女へと成長し、将来の自立への道をしっかりと歩んでいます。
 私たちはともすれば、子供に何か問題があった時に、親である自分がなんとかしないといけないと思って力んだり、先のことを心配して暗い気持ちになり勝ちです。でも、本当は何も心配はいらないのです。

○絶対安心な“神様エスカレーター”に載せる教育を

 谷口清超・前生長の家総裁の著書『さわやかに暮らそう』(日本教文社刊)には、子供たちをそのコースにのせたら大丈夫という「神様エスカレーター」の話が載っています。



《 このエスカレーターでは、神に全てをうちまかす。神様エスカレーター上では、一切の「荷物」をおろしてしまうことが義務づけられる。一切のはからい心、世俗心、ひっかかり、体面などをすべて、神様への捧げものとして、差し出してしまわなければならないのである。(同書、32ページ) 》


 子供たちは、それぞれ使命と天分をもってこの世に生まれてきました。ということは、親が力んで頑張らなくても、ちゃんと使命を生きるために必要な資質はすでに子供たちは神様から与えられ備えているということです。親がここをしっかりと認識することが子育てで重要なところだと思います。
 私は今、ベランダでささやかな菜園をつくっています。プランターでミニトマトやゴーヤを育てているのです。ホームセンターで黒土と有機肥料を買ってきて土壌をつくり、そこに苗を植えて、水をやっています。すると、自然につるが伸びて、花が咲き、その後、小さな実がたくさん表れて、毎日、少しずつ大きくなっていきます。太陽の日差しを浴びながら、水と土から養分を吸収して野菜たちは、どんどん育っていくのです。
 まるで子育てのようです。実の中には、まっすぐなもの、曲がったもの、小さいもの、大きいもの…同じ茎から出ていても実に形や大きさはさまざまです。でも、その一つ一つには、“いのち”が宿っていて、毎日観察していると実に愛おしくなってきます。
 私も、自分の子供たちが大好きです。だから、その子らしく伸び伸びと育って欲しい。子供たちがお世話になっている学校の先生方、生長の家の講師の方々、地域の皆さんに感謝しつつ、私も一番身近な子供たちのサポーターとして、これからも彼らの歩調に合わせて歩んでいくつもりです。<了>

小関 隆史

2010年9月9日

※この原稿は、インターネット上にある「生長の家相愛会父親教室」の2010年「8月の講義」として掲載された文章を加筆・修正したものです。
「生 長の家相愛会父親教室」:http://www.jp.seicho-no-ie.org/father/index.htm

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コメント

思いおこしてみれば、子供が大きくなるまでに どれだけたくさんの方にお世話になっていることでしょう。

たしかに私が生んだ子供ですが、私のものではない。
私の体でさえ、私のものではないです。自由に心臓を止めたりできませんから。

こうして神様から与えられた命。人間同士助け合って いつくしみ合って生きていこう・・・の一番小さな社会が 家族ですね。

<先のことはわからないけど、この子に最大限の愛情を注いで育てていこう>と決められたTKさんの決意はとても尊いですね。

最近の育児放棄や幼児虐待の記事を読むたびに、そう思います。

<生まれてきてくれてありがとう>の気持ち忘れないようにしたいとおもいます。
いろいろ考えさせられました。 ありがとうございます。

ジョージさん

コメントをいただき、ありがとうございました。

>>こうして神様から与えられた命。
>>一番小さな社会が家族ですね。

 まったくジョージさんのお考えに同感です。
 わが子を見ていると、自分とそっくり!と思うところと、全然感覚が違うところがあり、おもしろいです。当たり前のことですが、私たちの子でありながら、一人の人間なのだな、とつくづく感じます。

 いつもながら、私の気持ち(真意)をくみ取っていただき、有難うございました。 

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