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2011年3月 7日 (月)

わんだふる・わーるど(54) 親子で生長の家講習会に参加

 昨日、東京国際フォーラムで開催された生長の家講習会に子供たちと参加した。
 谷口雅宣・生長の家総裁、谷口純子・白鳩会総裁から生長の家の基本的な教えを親しく学べ、信仰の証人(あかしびと)たる5人の発表者から体験が聴ける生長の家講習会の魅力を、十分に堪能できた一日だった。
 私は、午前10時から午後3時までの終日、子供連れで参加できる“親子室”で、モニターを通してリラックスしながら話を聴いた。
 今日は、特に印象に残ったことを2つ紹介したい。

 最初は、質疑応答の時間のこと。講習会では、参加者が所定の“質問用紙”を利用して、午前中の講話内容について質問できるようになっている。この日も、「“人間・神の子”と“神の子・人間”の違いは?」「“三正行”(※)ができない日は、できなかった自分を責めてしまう」など、非常に興味深い質問があった。(※生長の家の瞑想法である神想観、聖典・聖経の拝読、愛行、の3種を行う基本的な行のこと)
 最初の質問に対して総裁は、聖経『甘露の法雨』の記述を少し紹介して、「人間・神の子」と「神の子・人間」の二つの異なる言葉は、要するに神の子の自覚の深まりの違いを示していることを示唆された。
 後の質問に対しては、「私も毎日、三正行ができているか、疑わしい」と前置きされた上で、「あまり窮屈に考えて自分を責めないようにしていただきたい。(三正行が)できなかった日は、“明日やろう”とか“できる時にやろう”とか、心を切り替えた方がいい」との主旨でアドバイスされた。総裁は、「原稿を終日書き続ける日」などを例に挙げておられたが、他者に愛行しようにもなかなか時間や機会が作れない日もあるだろう。それなのに、「できなかった」と言って自分で自分を責めてしまっては、かえって心が暗くなり、本来の明るい神の子の生活を送れなくなってしまう。
 ともかく、こうした質問者の目線に合わせた総裁による回答の様子は、なんとも私を温かい気持ちにさせてくれた。

 さて、印象に残ったもう一つは、体験発表者5人のうちの一人が日本舞踊の家元のWさんで、その発表の中で「至芸神術」の言葉を初めて知ったこと。
 昨年、96歳で天寿をまっとうされたWさんの父親は、生前、谷口雅春・生長の家創始者から芸名を授かり、「至芸神術」の揮毫をいただいたという。これは、芸も極めるところ神の域に達する、というような意味であろうか。ともかく、家元の稽古場にはその揮毫が書かれた掛け軸が掲げられ、今に至るもその言葉を指針に精進しているという。父親の後を嗣いだWさんも、日々の先祖供養を26年間も欠かすことなく熱心に続け、今は6人の子宝に恵まれ、舞踊も家庭もすべて順調だという話だった。

               *        *         *

 当日は、3会場に8千人を超える来場者があったことを後から知ったが、大勢の皆さんが運営に真心を尽くしてくださったおかげで、幼い子供たちと一緒に参加した私も、ゆっくり話を聴くことができた。
 この場を借りて、総裁ご夫妻、お世話いただいた方々に心から感謝申し上げます。

小関 隆史

2011年3月7日

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