ブログ内検索

« 岡本太郎著『今日の芸術』を読んで(2) | トップページ | 今日はオフ »

2011年3月 9日 (水)

岡本太郎著『今日の芸術』を読んで(3)

 岡本太郎著『今日の芸術』の「あなた自身を創造する」には、次のような興味深い記述があった。

「創るというのを、絵だとか音楽だとかいうカテゴリーにはめこみ、私は詩だ、音楽だ、踊りだ、というふうに枠に入れて考えてしまうのもまちがいです。それは、職能的な芸術のせまさにとらわれた古い考え方であって、そんなものにこだわり、自分を限定して、かえってむずかしくしてしまうのはつまりません。
 それに、また、絵を描きながら、じつは音楽をやっているのかもしれない。音楽を聴きながら、じつはあなたは筆こそとっていないけれども、絵画的イメージを心に描いているのかもしれない。つまり、そういう絶対的な創造の意志、感動が問題です。」(P119)

 私はここの文章を読んでなるほど、と思った。先月の2人展の時、来場してくださった知人の画家の一人が、「あなたの絵は“動き”がありますから、やわらかいサインを入れたらどうですか?」というアドバイスをしてくれた。それを聞いて、改めて自分の作品を眺めてみると、なるほどその方の指摘通り、直線ではなく有機的な曲線で斜め方向に動きのある構図が多いことに気づかされた。ようするに静よりも動をイメージさせる作品が多いということだろう。もちろん、案内はがきに使った「ムーンライト・サンセット」のように極めて静的な作品もあり、いずれも私の一面を表しているように思う。それはともかく、私の作品の“動きのある構図”は、私の音楽的な一面を表しているようにも思える。きっと私が動きのある作品を描いている時は、その思いを仮に演奏あるいは歌ったなら、アップテッポの曲調になるに違いないと思ったのである。
 その意味では、岡本氏が「絵を描きながら、じつは音楽をやっているのかもしれない」という言葉は実に私の中でしっくりとくる。私の中には“思い”を音楽にのせて伝えたい、という憧れがずっとあるからだ。だから、芸術表現をことさらジャンルに切り分けて、自分で限定するのではなく、岡本氏の言う芸術表現の根本(共通部分)となる「絶対的な創造の意志」「感動」に焦点を当てる姿勢に賛成だ。
 生長の家の進めている「技能や芸術的感覚を生かした誌友会」などの場においても、表現以前のこうした「感動」「創造的欲求」を大切にしたいものである。(つづく)

小関 隆史

2011年3月9日

【参考資料】
○『今日の芸術』(岡本太郎著、光文社刊)光文社知恵の森文庫
 ※初版は1954年

« 岡本太郎著『今日の芸術』を読んで(2) | トップページ | 今日はオフ »

エッセイ」カテゴリの記事

論文」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/224674/51074008

この記事へのトラックバック一覧です: 岡本太郎著『今日の芸術』を読んで(3):

« 岡本太郎著『今日の芸術』を読んで(2) | トップページ | 今日はオフ »

喜びの投稿SNSサイト

フォト

日時計シリーズ


おすすめサイト

  • Seicho-No-Ie Artist Association

姉妹ブログ


  • 光のギャラリー ~アトリエ TK(新しいウィンドウで表示)

光のリンク

☆ ニュース ☆

無料ブログはココログ