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2013年3月 7日 (木)

不便を楽しむ余裕を

 ◆車を所有しないという選択
 わが家では、結婚して以来、自家用車を敢えて所有しないで生活してきた。
 移動は自転車、バス、電車が中心で、たまにタクシーも使う。車については、まったく否定しているわけではなく、普段はなるべく使わない生活をして、どうしても必要な時にだけ使うという考えだ。
 付け加えて言うと、私自身があまり車を運転することが好きではないということもある。
 今は、交通の便が比較的良い都会に住んでいるので、さして不便は感じないけれど、来年には家族と一緒に山梨県北杜市に住むことになるので、さあ、それからは、どうなることか。
 ただ、今の気持ちとしては、自家用車を購入することは考えていない。使わなくても良いライフスタイルを家族と一緒に生み出したいと思っている。やっぱり普段は歩いたり自転車を利用して、時にバスや電車を使うということになるだろう。車がないと行動範囲が狭くなる、という意見もあるが、なくてどこまでやれるかチャレンジしてみようと思う。
 ◆本当に必要な時にだけ使うという考え方
 私は、今の車社会のあり方に、疑問を抱いている一人だ。もちろん、物流のために車両が必要なことは分かる。プライベートでもあれば便利なのはわかる。でも、車が多過ぎると思う。特に小さな子供やお年寄りには危険だ。だから、個人では車をもたず、利用する時だけ使うカーシェアリングの取り組みには大賛成だ。それが広がれば、車の台数は着実に減っていくだろう。そうすれば空気もきれいになり、二酸化炭素の排出量も減る。
 バスや電車での移動には、どうしても「限られた発車時刻」という制約が加わる。田舎の方では、1時間に1本というのは珍しくないし、2〜3時間に1本というのもあるだろう。その点では確かに不便なのだ。でも、逆に考えれば、それを見越して予定を立てることもできる。移動できる範囲、限られた時間の中で、できることを考えるのだ。今の多くの人は、自動車で好きな時に自由に移動できるという便利さを知ってしまっているから、時間に縛られる不便さに耐えられないのだろう。
 行動範囲にしたって、広ければいいという問題でもない。動ける範囲で得られる魅力を充分に味わう方が、豊かで濃い時間の過ごし方ができるかも知れない。
 だから、車を所有していないという私たち家族にとって“当たり前”の生活を、不便な地方に行くからといってすぐに捨ててしまうのは、もったいない気がしている。自分の足で歩くこと、その当たり前がもたらしてくれた健康、そして環境保全へのささやかな貢献。それを、新たな土地でも続けていきたい気持ちだ。
 不便をどう楽しむか、それが実践できれば石油等の地下資源に依存している“地下資源文明”から脱却する一つの道ができるのではないだろうか。
小関 隆史
2013年3月7日

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