ブログ内検索

« 煮物がうまくできた朝は… | トップページ | “手紙月”へのプレリュード3 »

2014年1月28日 (火)

初期の帰化人が果たした重要な役割の一つは、文筆の仕事

3世紀後半ごろ、大和朝廷が国土の統一を果たし、その結果、氏姓(しせい)制度と呼ばれる全国的な政治組織が形成された。その中で、臣(おみ)・連(むらじ)・公(きみ)・直(あたえ)・造(みやつこ)・首(おびと)・史(ふみ)・村主(すぐり)などの姓(かばね)を持つ氏(うじ)が現れた。姓とは、世襲と家柄を示す標識のようなものであり、氏姓制度による政治秩序は、これによって維持された。
この姓を持つ氏の中に、帰化人が含まれていた。中でも、史と村主は、ほとんど帰化人だった。
ここで、史の役割について、『帰化人』(関 晃著)から引用しながら、紹介したい。

「史というのは、代々文筆の仕事を世襲の職務として朝廷に仕えていた氏の人々で、殆ど全部が帰化人の子孫だった。日本には固有の文字というものが無かったから、初めは中国の文字、すなわち漢字を拝借して使うほかはなかった。(中略)これを持って来たのは帰化人たちだった。また、日本語の構造は中国語とかなり根本的にちがっているから、漢文をそのまま使って日本語を正しく表現することは非常に困難で、どうしても漢文をそのままの漢文として習得するか、または漢字の音と訓とを混用して、うまく日本語を表現するように工夫するか、どちらも仲々むつかしい仕事だったが、その努力をしたのも帰化人たちだった。(中略)6世紀の中頃にもなれば、日本人の中にもぼつぼつ文字を使うことのできる人が出てきたであろうけれども、政治上の文書や記録を作るとか、財物の出納、租税の徴収、あるいは外交文書の取扱いなどという実務になると、やはり帰化系の人々、すなわち史たちの独壇場だった」(『帰化人』p13)

私たちが今、当たり前に使っている日本語も、初期には、こうした帰化人たちの創意工夫によって形成されてきたことを思うとき、感謝の思いがわいてくるのである。

小関 隆史

2014年1月28日

【参考資料】
⚪︎関 晃著『帰化人 古代の政治・経済・文化を語る』(至文堂刊、1966年、日本歴史新書)

« 煮物がうまくできた朝は… | トップページ | “手紙月”へのプレリュード3 »

エッセイ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 煮物がうまくできた朝は… | トップページ | “手紙月”へのプレリュード3 »

喜びの投稿SNSサイト

フォト

日時計シリーズ


おすすめサイト

  • Seicho-No-Ie Artist Association

姉妹ブログ


  • 光のギャラリー ~アトリエ TK(新しいウィンドウで表示)

光のリンク

☆ ニュース ☆

無料ブログはココログ