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2014年8月27日 (水)

雨の日の美しさ

【今朝のごあいさつ 〜2014年8月27日】

 おはようございます。
 昨日の八ヶ岳南麓の日中は雨模様でした。
 午前中、庭が見えるアートスタジオでビデオの収録があったのですが、その合間合間に窓から見える庭の木立の景色が、実に色鮮やかで、息をのむ美しさでした。この美しさをどう絵で表現したら良いのだろう。景色に見とれながら、そんなことを考えました。
 雨で大気がしっとりと潤い、木の幹も葉も水分を含んで陽光を浴び、クッキリと彩度を増していく、そんな感じです。

 自然の中で暮らすようになってからの変化の一つは、雨が降るとうれしくなったことです。
 家庭菜園の水やりをしなくて良いという理由だけでなく、自然の樹木、石、土など、あらゆるものにとって水が恵みであることが直に感じられるようになったからでしょうか。
 夏、都会で雨が降ったときに感じるアスファルトから立ち上るモワッとした暖気がまったくなく、雨が万物にしみ込んでいく感じが、なんとも心地よいのです。

 自然に四季の移り変わりがあるように、私たちの人生や感情にも多少の浮き沈みがあるもの。その中で、どのように自分の心をコントロールしていくか、そこに各自に与えられた課題があるような気がします。
 雨を万物が受け入れていくように、気分が沈みがちな時、うまく物事が進まない時は、まずは自分のその感情や状況を受け入れる。それをどうこうしようとあせらず、自分がやりやすいこと、例えば文章を書く、絵を描く、音楽を聴く、散歩するなど、何かしらの表現活動を行うことで、気持ちは落ち着いてきますし、前向きな感情が起こってくるものです。あとは、自然の流れのままに。機が熟すということもありますから。

 私が好きな油絵を描くというプロセスは、とても人生に似ています。何度も何度も、うすく溶いた色を塗り重ねていく過程は、一見同じことの繰り返しのようですが意味があります。絵に透明感や深みが増していくのですね。
 人生におけるさまざま経験は、それと同様に、人格に固有の彩りをほどこし、“仕上げ”に向かうために欠かせないプロセスとなります。

 今日も一日、大切な時間の中で、深く切に生きていきたいですね。

 小関 隆史

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