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2014年9月 5日 (金)

巨石との対話

【今朝のごあいさつ 〜2014年9月5日】

 おはようございます。
 大自然の中で“巨大なもの”を目にした時、私は畏敬の念をいだきます。
 今の八ヶ岳南麓の職場(生長の家メディアセンター)の近くにも、高さ3メートル、外周は10メートルはあろうかという巨石(岩)が細い砂利道のそばにあります。周囲には特に大きな石はなく、突然そこに。冬場、夜道を歩いていてその前を通りかかると、ふと大きな生き物がそこにいるような気配を感じて、びっくりしたこともあります。
 でも、今はすごく親しみを感じていて、毎朝、わざわざ遠回りをしてその小径を通り、この巨石さんに朝のあいさつをしています。

 じっくりとその巨石を眺めてみると、長年の風雪によって生じたのでしょうか、下に流れるような模様が見えてきます。上部は、苔むして、小さな木が上に伸びています。やはり、いろんな生の営みが共存しているのですね。
 そして私は想像します。なぜ、この巨石はここにあるのか、と。

 ずいぶん昔のこと、この八ヶ岳南麓には、大雨があって谷底に水がたまり、それが決壊することで土石流が家々を流し、甚大な被害があったそうです。その時、大泉町(石堂)あたりにあった清光寺も流され、はるか下の長坂町にその寺の表札が流れ着き、そこに寺が再建されたと地元の方から聞きました。今も三分一湧水という場所に、そうした土石流のことを記録する石碑が立てられています。
 この巨石がその時に上から流れてきたかどうかは分かりませんが、周囲の状況からみて、もともとそこにあったとは考えにくく、はるか昔にどこかから転がってきたのではないか、と推測しています。

 それはそうとして、八ヶ岳南麓には石(岩)が多く、しかも、その石は、実に多様な色彩を帯びています。赤っぽい色、黄色っぽい色、青っぽい色…など。個々に特徴があるのですね。
 しかも、雨上がりの時などには、石の色が濃くなって、それもまた美しい。思わず絵に描きたくなる時があります。

 こうした自然のものと、プラスチックなどの素材に代表される人工のものとの大きな違いは、経年変化によって味わいが生じるか否か、ではないかと思っています。こうした石や木などは朽ちていくものです。しかし、苔むしたり、色を変えながらも、新たな魅力が加わっていく。そう感じるのです。
 もちろん、人工のものを否定するわけではありませんが、自然そのままの魅力を生かすという方向に、現代社会が進んでいくことを私は望みます。必然、そこには美が生まれるはずですから。

 ここ八ヶ岳南麓に住みながら、これからも“自然の声”に耳を傾けながら、現代社会のあり方を考えてみたいと思っています。

 今日一日、身近な“自然”に心を向けながら、自然とともに生きる意味を考えてみませんか?

 小関 隆史
Storn01


Storn02

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