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2014年9月24日 (水)

真面目の力

【今朝のごあいさつ 〜2014年9月24日】

 
 おはようございます。
 最近、新聞を読んでいて『「真面目の力」現代こそ』という見出しが目に飛び込んできました。読むと、去る9月20日が、夏目漱石の小説「こころ」が岩波書店から刊行されて、ちょうど20年にあたることから、東京で開かれた記念イベントを紹介する記事でした。
 そのイベントでは、「こころ」をテーマに作家の大江健三郎さんが講演し、作家の水村美苗さんと小森陽一・東大教授が対談しました。
 記事によると、漱石の作品には、「真面目」という言葉がよく出てくるそうで、「漱石文学の一つの核心」だと(小森氏)。また、大江氏は、福島の原発事故を振り返り、「危機を知り、原発には頼らないと思った、あのとき私たちが持っていたのが真面目の力だった。子どもたちが生きていく環境が失われてしまう可能性がある現代で、真面目の力を発揮しなければいけない。」と語りました。
 真面目とは、「まじめ」と読む一方で、「しんめんもく」と読む仏教用語でもあります。通常、面目(めんぼく、めんもく)とは、世間に対する対面や立場、名誉をさす一方で、ものごとのありさま、様子を表す言葉でもあります。
 中国の宋の詩人であり政治家だった蘇東坡(そとうば)の詩に、次のようなものがあります。
 柳は緑 花は紅(くれない) 真面目(しんめんもく)
 ようするに、柳が緑であるように、花が赤くあるように、人や動植物などのすべてのものの、あるがままの美しさにこそ価値がある、ということでしょう。しかし、この「あるがまま」というのは、単に表面的なことを表しているのではないと私は思います。
 つまり、真面目とは、「ほんとうのすがた」、あるいは「ほんらいのすがた」という意味であり、仏教の「実相」に通じるものだと解釈します。
 だから、先の大江氏の言葉は、ぐさっと胸に突き刺さります。再び紹介します。「危機を知り、原発には頼らないと思った、あのとき私たちが持っていたのが真面目の力だった」
 この「だった」という過去形で私たちは終わらせてはいけない。感情というものは、過ぎ去っていきます。でも、あの時の感情の奥にある私たちの本当の願いは、決して消え去ってはいないと思うのです。それは、私がいつも言う「本心」だからです。
 真面目に生きるということは、本心を大切にして生きるということです。
 朝から“真面目”な話になってしまいました。
 どうぞ、良き一日を。
 小関 隆史(TK)
【参考資料】
○『朝日新聞』2014年9月21日 第38面「漱石こころ100年」

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エッセイ」カテゴリの記事

コメント

「真面目」
素晴らしいですね。happy01
「最後に愛は勝つ」
あの歌ではありませんが…。
どんなことがあろうとも、真面目にこつこつ努力したものは、いろいろなところで生かされてくると思います。
95歳まで、どこも悪いところなく、天寿をまっとういたしました父、また、いま、93歳にて、元気でおります母、この二人から、たくさん教えていただきました。
ありがとうございます。m(_ _)m

原さん、コメント&いいお話をご紹介いただき、ありがとうございます。
ご両親がいずれも長寿とのこと、やはり、心を整えつつ、規則正しい生活を続けられてきた証なのではないかと、想像しています。
自分もそうありたいです。

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