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2014年9月20日 (土)

おじいちゃんってどんな人?

【今朝のごあいさつ 〜2014年9月20日】
 
 おはようございます。
 この前、わが家に遊びに来てくれた甥っ子から、「おじいちゃんってどんな人だったんですか?」と尋ねられました。
「おじいちゃん」というその人、つまり私の実父は、私が20歳の時に52歳で亡くなっているので、甥っ子や私の子供たちはまったく知るよしもないわけです。ですから、うちの子供たちに、いたずら好きだった“おじいちゃん”のユーモアのある人柄が分かるエピソードを、おもしろおかしく話すと、すごく喜んで、「次は、次は?」とせがんできます。
 甥っ子は、ちょうど20歳なので、今回は“大人向け”にじっくりと、私が思う父の素晴らしさを語り尽くしました。
 私の父は半年間ほど闘病して、病院のベッドの上で亡くなったのですが、最期は家族や親戚が集まる中、目を瞑っている父の枕元で私の母がいろいろと話しかけ、「何か言いたいことないですか?」と尋ねた時、絞り出すようなくぐもった声で、「ありがとう」とただ一言、口を動かしました。しかしそれは、はっきりと私には分かりました。
 結局、それが父の最期の言葉となりました。
 「死は教化(きょうげ)である」と道の先達は教えてくださっています。大切な人の死は、私たちに何かを教えてくれているのですね。私の場合は、父の最期の言葉で、人生の指針が決まった、と言っても過言ではありません。人生とは生きる時間の長短にかかわらず、最期にどのような心境で旅立てるかが重要である、と。ならば私は、父のように、最期に「ありがとう」と言える生き方をしよう、と心に誓ったのです。
 加えて言えば、「いろいろあったけど楽しかった! 生まれてきて良かった!」と心から言える人生にしたい。そして、縁あって家族となった妻や子供たち、私に接するすべての人にそうあってほしいと、心から願っています。それが、この世に私たちを送り出してくださった目に見えない大いなる存在、神、仏あるいは宇宙の大生命にとっても、一番の喜びではないかと思うのです。
 だからこそ、今のこの瞬間をどのように生きるかが、常に問われています。よき死を迎えるためには、よき生を生きなければなりません。悔いのない人生であるように今を生ききる。そこにこそ、過去も未来さえも光り輝く道があると思うのです。
 今日という一日を、感謝の気持ちで明るく深く切に生きる。そこから、すべては始まります。
 どうぞ、皆さまのいのちが輝く、今日でありますように。
 小関 隆史(TK)

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