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2014年10月16日 (木)

光を見出だす道

【今朝のごあいさつ 〜2014年10月15日】

 おはようございます。
 先日、読者の方から、「人生においては、思いがけないことが身の回りで起こった時、TKさんは、どのようにして光を見出して行かれているのですか?」という質問をいただきました。
 今朝は、それに対してお答えしたいと思います。
 「思いがけないこと」が起こったとき、突きつけられたとき、私もやはりドキッとします。それで、これをどのように受け止めればいいんだろうか、と自問自答しますね。目の前に起こっている現実を「受け止められるかどうか」あるいは「受け入れられるかどうか」が第一の関門です。私の場合、時間がかかるときもあります。そういうときは、とりあえず問題や心配を心の中の“引き出し”にしまっておいて、やるべきことをやる。今も実際、そんな引き出しにしまい込んでいるものが幾つかあります。
 とは言っても、しまい込んで放っておくというのとは違って、そこにあることは心のどこかで意識している。ときどき、引き出しをあけて覗き込む感じです。
 それで、一番大事なのは、慌てないことなんですね。「引き出しに入れる」というのは、問題や心配からちょっと距離をおくことなのです。距離を置くことで、客観的に物ごとが見えてきます。そして、いろんな角度、いろんな立場から問題(課題)を見てみるんですね。そうすると、一見問題と見えていたことが、実は見方によっては、プラスの側面が見えてきたり、客観視することでアプローチ(対処)の選択肢がいろいろ見えてきます。
 例えば、何事も順調に行っているときには、切実に自分の心を振り返ることもあまりないわけです。反省の必要がない。でも、何か起こってきたときは、必然的に自分の生活を振り返る。そこで、反省すべきことが見つかるかもしれない。それが大事だと思うのですね。それが自分自身の心(魂)の成長につながるわけです。
 人間というものは、知らず知らずのうちに、「こうでなければならない」という“思いの縛り”にかかってしまい勝ちなのですね。そして、同様に他人に対しても、そのような「思い」で縛ってしまう。
 その場合、「こうでなければならない」という状況から「外れた状態」が現れてくると、非常に不安になるものです。そこから心配や悩みが生ずる。でも、実際は、自分が「こうでなければならない」と思い込んでいたことが、そうじゃないかもしれないわけです。別の考え方、捉え方もできるかもしれない。それに気づいたときに、それがストンと心から納得できたときに、悩みや心配は消えてしまうのですね。
 結局、光を見出だすということは、既成概念を取っ払って、すべてをあるがままに受け入れて良しとし、今を喜んで生きるということです。課題がありながらも、今のままで喜んでいいんだと気づくことなんですね。目の前の問題や課題というのは、マイナスではなくて、自分あるいは周囲をより良き方向へ変えていくチャンスなんだ、ということです。ですから、心や魂の面からいうと、その課題を乗り越えることで成長できるわけですから、プラスなんですね。
 私たちは誰しも発展途上人間です。すべてが完璧にできるならば、この世界に生まれてくる必要はないわけです。課題を乗り越え乗り越えしていく、その中に魂の成長の喜びがあり、生き甲斐がある。
 やってくる大波、小波を絶妙なバランス感覚で乗り越え進むサーファーのように、私たちも困難や課題を楽しみながら前進していきたいですね。
 私たちには、乗り越える力がすでにある。そう信じて。
 今日も、生きている、生かされている、そのことにまず感謝して、笑顔で生活しましょうね。
 どうぞ、良き一日を!
 小関 隆史(TK)

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