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2014年11月 9日 (日)

自己表現の大いなる可能性

【今朝のごあいさつ 〜2014年11月9日】
 おはようございます。
 私が勤務している生長の家“森の中のオフィス”で先日3日間にわたって開催された「自然の恵みフェスタ2014」では、「自己表現の大いなる可能性」について示唆が得られました。
 このフェスタの開催そのものが、もともと秋の収穫祭という位置づけで、自然の恵みに対して感謝を捧げ、かつ、地域の皆さまへの日頃の感謝を表現するというのが主なコンセプトでした。
 そのような流れから、スポーツ(自転車)、芸術(音楽と写真)、食と環境(ノーミート料理)という3つの分野でのイベントを行ったわけです。それらは、いずれも表現活動という点で一致していると思います。
 自転車による登坂イベント「天女山ヒルクライム」では、上り坂を自転車で走るという負荷のかかる内容でしたが、それでも出場者の多くが自己ベストを更新したことを聞き、身体表現の可能性を感じました。中でも全長4.6キロを19分台で走破した人もいて、目を丸くしました。
 また、食と環境のプログラムでは、秋の食材を使って、さまざまな料理が提供されました。私が食べたのは、山菜ごはんと鮭のちゃんちゃん焼きでしたが、とてもおいしいものでした。
 普段は、ほとんどが事務職といっていい職員が、各部署ごとに食のブース(屋台)を担当し、焼きしいたけ、スモークチーズ、焼きリンゴ、焼きおにぎりなどを作って、来客に提供しました。調理の仕方から提供方法まで、準備の段階からさまざまな発見があったようで、職員が一つのチームとなって協力し合う、いい体験となったようです。
 私自身は、写真展と音楽会を担当したのですが、芸術表現の素晴らしさ、奥深さを実感しましたね。
 写真展の方は、生長の家の谷口清超・前総裁が生前の17年間(昭和59年〜平成12年)にわたって撮影した数千の写真から84点を選んで展示したのですが、もの言わぬ写真からひしひしと伝わってくるものーー愛情、バランス感覚、被写体への思いーーがあり、改めて、写真も自己表現だなぁ、と感じました。
 音楽会の方は、「全身これ楽器」となって発表する合唱、複雑な手の動きで表現するギターやピアノ、腹の底からの深い発声による独唱や能の謡(うたい)など、個々の表現力の高さ、素晴らしさに、大変、感激しました。
 また、有志によるクラフトの展示販売もあって、それぞれが手作りの木工製品やアクセサリー、小物などを提供していて、とてもにぎわい、完売続出だったようです。中には、建築廃材を利用した木箱を作った方もいて、「形の異なるさまざまな木片を如何に組み合わせて、美しくかつ長く使ってもらえる製品にするために工夫するのが楽しかった」と生き生きと話していました。
 私は、こうしたさまざまな“自己表現”に接し、人間の持つ表現力の可能性を思わずにおれませんでした。
 表現には、喜びが伴います。もちろん、うまくいかなかったときには悔しい思いもするでしょう。それをもひっくるめて、自己表現は、生き甲斐に直結します。
 表現することで、客観的に自分を知ることができ、第三者の反応から、新たな気づきも得られます。
 私たち一人一人は、自己表現すなわち、自分という人間を、他者に分かりやすく、喜びをもって伝えるプレゼンターです。
 今日も、全身を使っての、いいプレゼンを目指しましょうね!

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