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2014年12月28日 (日)

心地よさを「察する」

【今朝のごあいさつ 〜2014年12月28日】

 おはようございます。
 今朝は、最近読んだ雑誌の中で、心に響いた話をご紹介します。
 『暮らしの手帖』73(12-1月号)の連載「暮らしのデザイン」の第19回「察する」。デザイナーの深澤直人さんの文章から。
 最初に、少しこの方の言葉を紹介します。
・デザイナーの仕事は、突き詰めれば使う側の心地よさを「察する」ことです。
・「察する」ということは、人を思いやることでもある。
・物事のデザインは、その人の無意識の行動の先をデザイナーが「察して」行うことであり、無意識の行動の流れがそのまま途切れずに、そこにデザインされた物事が存在することが理想ではないかと思う。
・いいサービスやいいデザインは、人を思いやった結果、心の満足も与えていることになる。
・「察する」とは配慮があるということだ。
・最近は人の行動を察するために生活を観察する「オブザベーション/観察」というデザイン手法が一般的になってきた。
 この考え方に基づき、深澤さんは、自らが家庭用炊飯器のデザインを思いついた時の事例を紹介しています。
 ある日、深澤さんは、自分が炊飯器を使う時の一連の動作の中で、動きが停まってしまう瞬間があることに気づいたのです。それは、ご飯を茶碗に盛った後、しゃもじを持つ右手が停まるのです。そのしゃもじの置き場に一瞬、迷う。
 しゃもじには、ご飯つぶが付いているし、直接、炊飯器のフタの上に置くわけにもいかない。汚れてしまうから。そこで、配慮のある人なら、事前に水を入れた器を用意するとかするだろう。でも、自分を含めてほとんどの人は、そこまでの準備をしないでご飯を盛るだろう、と思った。自らの行動を通して、人々の行動パターンを「察した」わけです。
 そこで、フタの上に写真のような「突起」を設けて、しゃもじが直接、炊飯器に触れないようにした。この炊飯器を見た人は、使う前は、「なぜ、ここに突起があるの?」と疑問に思うかもしれないが、使ってみると、「なるほど!」とわかるわけです。
 深澤さん曰く、「大切なのは、人のために察して行った配慮のデザインが、あからさまに自らの機能を主張しないということだ。察するのは、使い手の無意識の行動である。使い手の心に訴えようとするのではなく、さりげなく気付かれないように手を差し伸べることが肝要である」。
 デザインって、奥深いですね。そして、その背景となる考え自体も美しいと感じました。
 これって、デザインに限らず、人への配慮や、気配り、親切のあり方にも通じますよね。思わず、自らを省みてしまいました。
 「察する」
 今日は、この言葉をキーワードに、暮らしてみませんか?
 どうぞ、お元気で、よい一日を!
Photo20141228

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