ブログ内検索

« 楽しかった! 自然を伸ばす活動 | トップページ | 料理の日 »

2015年3月19日 (木)

生類と共に生きる 〜『遺言 対談と往復書簡』を読んで(2)

【今朝のごあいさつ 〜2015年3月19日】

おはようございます。

前回の続きです。

色と精神の不思議な関係

 ちょっと横道にそれるが、知り合いの画家の遊馬正さんは、80歳代になって初めてピンク色を使えるようになった、と語っていたことがある。若い頃は、ピンク色に対して「甘ったるい」感じがして、どうしても絵の中で使えなかった。それが、年月を重ね、自分の中で欲望やらいろんなものが昇華していく過程で、ごく自然に自分が描く絵の中にピンク色が出てくるようになってきた。ピンク色を生かせるようになったのだ。

 言うまでもなく画家や工芸家は色に敏感である。配色の美しさだけを求めるなら、取り扱えない色などはないはずである。しかし、遊馬氏の真意は、その色を使う時に、自らの心にしっくりくるかこないか、ということである。世にカラーセラピーというものがあるように、精神状態と色は呼応している。つまり、人は無意識のうちに色を生かしながら、色とともに生きているといえよう。「生」と「色」は密接に連関している。

 本書でも、志村ふくみは、80歳を超えてから、紅(べに、ピンク色に近い鮮やかさをもつ)の色を出すことに夢中になりだしたということが書かれている。

 それを、娘である洋子が、次のように語る。

「紅花の色というのは、屈折がないんですね、他の色というのは屈折があるんですよ。蘇芳の赤であるとか、櫟(いちい)の朱であるとか、色に苦労があるんですけど、紅花は本当に色そのものなので、屈折がない。それをどうして今頃ね、人生の最後になってやりだしたんだろうって、なんか乙女に戻ったみたいな気がしていました。本能的というか、その、無意識の中でもよみがえりという希求、乞い求める何かがあるのではないか」(『遺言』P188-189)

 それに対して、志村本人は、「なんか、人生の幕が開く前の色みたいな気がする。特別なんですね」と応え、続いて洋子が、「しかもそれはきれいごとではなくて、非常に深い悲しみの、ある意味、闇からしか出てこないという、そこが大事だと思うんですよ。光、命、希望、もちろんそれはそうなんだけれども、やっぱりそこは深い悲しみと諦観とがないと、けっして咲かないというか」。

 志村、洋子ともに、「悲しかったり苦しかったり、そういう人間の魂の叫びみたいなものも美に昇華される」、それこそが美である、そこを通り抜けないと…、と語るのだ。

 だから、志村がいろんな人生経験を経て、社会に対するいろんな思いも含めて、80歳を過ぎて、純粋無垢な紅という色に惹かれ、それを表現したい気持ちになったというのは、「人生の幕が開く前の色みたいな気がする」という本人の言葉に集約できるのではないか。新生を強く願う気持ちをそこに感じるのだ。

 志村は語る、「この世のことは夢ーー夢なればこそ一点の真実(まこと)、消えることのない生命の炎を燃やさなければなりません」(同書P122)。

 志村の純粋無垢な紅の色は、その「生命の炎」の象徴に違いない。

 今日も、お元気で!

【参考資料】
○志村ふくみ、石牟礼道子著『遺言 対談と往復書簡』(筑摩書房刊、2014年)

 

« 楽しかった! 自然を伸ばす活動 | トップページ | 料理の日 »

エッセイ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 楽しかった! 自然を伸ばす活動 | トップページ | 料理の日 »

喜びの投稿SNSサイト

フォト

日時計シリーズ


おすすめサイト

  • Seicho-No-Ie Artist Association

姉妹ブログ


  • 光のギャラリー ~アトリエ TK(新しいウィンドウで表示)

光のリンク

☆ ニュース ☆

無料ブログはココログ