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2015年3月 3日 (火)

生活の中の美 〜『等伯』を読んで(3)

【今朝のごあいさつ 〜2015年3月3日】
 おはようございます。
 今は、『等伯』上巻の最後あたりを読んでいますが、読みながら、ふと思ったことがあります。
 それは、戦国時代の暮らしの中で、寺院や城の襖(ふすま)という襖に、当時の名だたる絵師が絵を描いていたという事実です。
 ご存知のように、日本建築の特徴は、大きな部屋を襖で仕切って使っていたため、当時は、小さな寺でさえ、200枚ほどの襖があったようです。
 そうした襖に、花鳥風月はもとより、中国の故事にちなんだ題材などが、数多く描かれていた。
 本書に出てくる描写で象徴的なのが、信長が建てた、内部が七層もあった安土城です。
 一重(1階)から七重(7階)までの各フロアーには、以下のような襖絵が飾られていました。(同書P251以降)
 城内の絵は、すべて当代随一の絵師、狩野永徳とその一門の手になるものでした。
 一重:土蔵のため襖絵なし
 二重:中国の瀟相八景の一つ、遠寺晩鐘の風景
 三重:花鳥、仙人・仙女
 四重:竜虎、竹、中国の故事に因む題材
 五重:なし(次の第六層を引き立たせるため)
 六重:柱すべて金箔。釈迦十大弟子、釈尊成道後の説法の描写等
 七重:壁という壁は皆金。上り龍、下り龍、三皇、五帝、孔門十哲、七賢等
 上層に行くに従って、豪華絢爛となり、風景から偉人・龍まで、想像しただけで、圧倒されます。
 まるで、城がそのまま美術館のようですね。
 しかも、絵師は、依頼主の求めに応じて何でも描かなければならない。描ける実力があったのですね。
 すごいことだと思いました。
 この安土城は例外だとしても、寺院には曼荼羅図、彫像、屛風絵、掛け軸、ふすま絵は、ごく普通にあったでしょうし、庶民はともかく、武家屋敷や商家には、襖をはじめ、いろんな場所に絵が描かれていたと想像します。
 加えて、陶器や漆器などの伝統工芸品が生活の中にあったわけです。
 とすると、現代の日本よりも、ずっとずっと美術や工芸が身近にあったといえましょう。
 そうした環境の中で暮らしていると、自ずと美意識も高まるはずです。
 ですから、当時は、絵師という存在を城主は非常に重用していたといいます。
 ただし、当時の絵師のレベルは相当なもので、襖絵ひとつを取り上げても、平面的な感覚だけでなく、空間構成も考えないといけません。ですから、当時の絵師は、才能の塊のような人で、住空間づくりのコーディネーターでもあったと想像できます。
 また、なぜ、当時の人々が、住空間にそうした絵を取り入れていったのか、ということも興味深いところです。
 やはり、人間というものは、今も昔も、自然を身近に感じていたいという欲求があり、同時に、心の中にある理想(あるべき姿、めでたき様)を何かの形で表現したいという欲求があるのではないかと思います。
 それは、きっと人間の本性に根ざしたものであるから、普遍的なのでしょう。
 今日も、お元気で!
【参考資料】
○安部龍太郎著『等伯』上(日本経済新聞出版社刊、2012年)

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