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2015年3月11日 (水)

星に祈る 〜『生きる哲学』を読んで(4)

【今朝のごあいさつ 〜2015年3月11日】

 おはようございます。
 今日は、3月11日ですね。東日本大震災があったあの日から4年。
 当日、出張先の岩手県一関市で私は、震災に遭遇しました。
 夜中、街中の電気が消えて真っ暗になった世界の中で、
 空を見上げると、満天の星が輝いていて、私は畏れ驚きました。
 「満天」というのは誇張ではなく、ほんとうにそうだったのです。
 こんなに星があったのか、と。神秘のベールがはがされた感じでした。
 その時は、震災の全体像がまったく分からなかったのですが、後にテレビや新聞で、痛ましい湾岸部の被害の様子を知る事になりました。
 それで、あの日見た、無数の星たちと、震災で亡くなられた無数の人たちが私の中で符合し、震災と聞けば星を思い出すのです。
 本書の第三章「祈る 原民喜の心願」を読んで、原民喜が、原爆投下の広島で幸い一命をとりとめ、その後、「言語に絶する人々の群」を祈るような気持ちでつぶさに見ながら、克明な記録を残し、後に詩や小説として表現したことを知りました。「自分のために生きるな、死んだ人たちの嘆きのためにだけ生きよ」と自らに言い聞かせながら。
 以下、本書から引用します。
 
『古事記』が書かれた、古の日本で、「見る」とは、単に対象物を目撃することではなく、その存在の深みにふれることだった。「見る」ことは、ただ相手の姿を眺めることではなく、その魂にふれることを意味した。「国見」とは、国の風景を見ることではなく、その場所の地霊と交わることだった。原は、爆心地の光景と苦しみを文字通り、目に焼き付けるほどに「見る」。彼の目は、自己の魂が耐えられないほどの苛烈さで、苦しむ人々を見た。このとき、人間にとって「見る」とは、すでに高次な無私の営みになる。(『生きる哲学』P63)
 自分の中で、あの日を境に見たり、感じたりしたことが、自分の中でうすれゆきつつあるのではないか、と戒めたいと思います。
 現場に行って「見る」ことはできませんが、今日は、震災と原発事故の意味するものを改めて考える一日にしたいと思います。
 そして夜は、ここ北杜市の美しい夜空を見上げて、星々に祈りを捧げます。
 今日も、どうぞ、お元気で!
【参考資料】
○若松英輔著『生きる哲学』(文春新書、2014年)

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