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2015年3月17日 (火)

生類と共に生きる 〜『遺言 対談と往復書簡』を読んで(1)

【今朝のごあいさつ 〜2015年3月17日】

 おはようございます。

 表題の本、内容に惹かれて、半日で一気に読み終わりました。

 今日は、人生の大先輩たちからの“遺言”を受けて、感じたことを書きます。論文調の書き方になりますこと、お許しください。
“いのち”のつながりを感じること
 題名が題名なので、必然、本書が今の時代に書き遺された意味を考えながら読んだ。
 今に始まったことではないが、現代文明に生きる私たちの多くは、あらゆる存在の中に生命(いのち)を感じにくくなっている。なぜか? 快適さの追求の一方で、自然からどんどんかけ離れてしまったからだ。
 作家、石牟礼道子と、染織家、志村ふくみは、そのことを憂い、共に現在、90歳を目前とする高齢ながらも、石牟礼は詩と能の脚本で、志村は染織の普及を通して、今も尚、社会に向けて、「新生」への願いを込めた渾身の一歩を踏み出している。それを、私たちは、どう受け止めるのか。
 志村は、「生命に触れる」ことの象徴的なエピソードとして、藍染めの際に、藍甕(あいがめ)の中に手を入れた時のことを次のように紹介している。
志村:若い子の手が、みんな真っ青ですね。でね、手を藍甕に浸けるとね、すっごくいい気持ちなんです。独特の、優しい、なんかこう振動があるんですね。私、これは何だろうと思うとね、やはり、それは生命体なんですね、一つの。甕の中が、宇宙なんですね。小さなミクロコスモスの中に手を突っ込んでいるような感じなんです。
(『遺言』P83)
 このような感覚の中から、「山野草から色をいただく」という志村の感性が育まれていく。
 藍染めのプロセスは「灰汁醗酵建(あくはっこうだて)」と呼ばれ、タデアイの葉を100日かけて発酵させて「すくも(染料のもと)」をつくり、それをさらに、藍甕の中で灰汁(あく)や小麦フスマ(発酵の栄養源)、石灰、酒などと共に発酵させ、その液の中で何度も染め重ねる。実に手間のかかる作業である。
 その発酵の過程が、月の満ち欠けに影響されるというのだ。
 志村の娘で同じく染織家の洋子が、ある夜中に工房に行くと、たまたま藍甕のフタが開いていて、そこに満月の光が射し込んでいた。すると、「藍の表情がね、これが、ふつふつと、藍分が下から上へ上がってきて、本当につややかで、紫色で」、感じるところがあり、翌朝早く染めたら、本当に素晴らしい群青色に染まったという。(同書P90〜91より)
 以後、「新月に仕込み、満月に染めるというサイクル」(P85)ができあがった。
 月の満ち欠けと、お産の関係はよく知られていることで、月が満ちたときに子が生まれてくることが多いのと同様に、天然素材である藍の発酵と月も、こうした深い関係がある。生命体は、互いに連関しているのだ。
 工業製品や加工食品が満ちあふれ、製造のプロセスが分かりにくくなっている現代社会においては、「生」というものを実感しにくい。が、その「生」と「美」は、実は密接な関係があって、創作家は、手仕事を通してそれを実感している。そのところを、次回は考察してみたいと思う。(つづく) 
 今日も、お元気で!
【参考資料】
○志村ふくみ、石牟礼道子著『遺言 対談と往復書簡』(筑摩書房刊、2014年)

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