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2015年4月12日 (日)

真・善・美のバランスを考えて

【今朝のごあいさつ 〜2015年4月12日】
 おはようございます。
 最近読んだ小説の中で、若い宗教家が、その行為が美しいか美しくないかを、行動基準にしているという話がありました。
「美しさ」というのは、単に芸術作品だけではなくて、広い範囲に及ぶ基準であることが分かります。
「真・善・美」という言葉がありますが、この3つの要素は、非常に連関していて、バランスを保つことが要求されているように思います。偏らないことが大事であると。
 一例を挙げると、太陽光発電装置を庭や休耕地、林を切り開いた土地に設置するケースが、ここ北杜市でも目立ってきましたが、これなども、ちょっと考えさせられます。
 自然エネルギーの活用の面から言えば、善と言えそうですが、ケースバイケースです。
 少し前のことです。地元の小学校の通学路から見える森に重機が入り、広い部分が造成されていました。家でも建てるのかな、と思っていると、やがてそこには、ズラリと青く光る太陽光発電装置が並びました。景観的に違和を感じました。
 その森に生息した野生動物や生態系を考えると、その行為は、必ずしも善とは言えないだろうし、その風景を美しいとも思えませんでした。
 自然エネルギーの利用が加速することは、喜ばしいことですが、生態系に及ぼす影響や、景観に配慮することは、欠かせないことだと思います。
 美というのは、そこに秩序や調和が表れている状態ともいえます。その意味で、美が表れている芸術を鑑賞することは、見る人の精神にも調和と安らぎをもたらします。それが、真や善を引き出すことにつながり、他者の生き方にも影響を与えることがあると思います。ですから、景観に美を表現することで、そこで暮らす人にも、それを眺める人にも影響を与えるはずです。
 かつて陶芸家の河井寛次郎は、とある農家が集まる部落を訪れ、建物と建物の間隔、植えられた樹木などからなる景観の中に美を感じて触発されたことを著書『炎の誓い』の中で綴っています。
 真・善・美を、真理、善行、芸術という言葉に置き換えると、この3つの側面は切り離されるべきものではなく、特にこれからの時代は、3つを連関させつつ、総合的にアプローチしていくべきだと考えます。
 そうすることで、非常に水準の高い文化が生まれてくるのではないでしょうか。
 この3つの側面のバランスがとれているか否かは、物事を評価する際の基準になり得るものだと思うのです。
 今日は、ここ山梨県議会議員の選挙ですが、以上をふまえた上で、支持できる政策を掲げる人に私は投票しようと思います。
 今日も、お元気で!

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