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2015年7月23日 (木)

美とは…

【今朝のごあいさつ 〜2015年7月23日】
 美とは…
 おはようございます。
 昨日は、久しぶりに職場の近所にあるレストランでランチを食べました。
 とても落ち着いた雰囲気のカレーの専門店です。ルーが深みのある黒っぽい色で、とてもスパイシー。ピリッと自分に刺激を与えたい時にベストです。
 刺激…といえば、今読んでいるこの『百歳の力』(篠田桃紅著)も刺激的な内容です。
 新聞広告で発売を知ったのですが、103歳の著者の背筋がまっすぐに伸びた和服姿の写真がとても美しくて、惹かれました。
 人間の外見も自分の“作品”ですね。生き方がそのまま出ますので、気を付けないといけません。
 この方は、もともと書から出発した抽象画家なのですが、無所属の“一匹狼”です。個よりも全体に合わせることが美徳とされた時代に青年期を過ごしたけれど、周りに迎合せず、自らの本心を大切にする生き方を貫いた人です。
 このまっすぐな姿勢そのままの切れ味の鋭いきっぱりとした文章。当たり前のことを言っているのですが、自ら厳しい道を歩んできた人の言葉には説得力があります。
 彼女曰く、
「なにがどうだからうまくいかなかったとか、許されないですよ。そんな甘ったれたこと言うのは。プロというのは、どんなときでもそれをやり抜いてびくともしないでやっているものです」(同書18ページ)
「私はものをつくっていますから、筆を持ったら一切を超えなくてはいけない。趣味ではないし、遊びでもない」(同19ページ)
「考えまいとするとますます考えてしまうという性格の人もいるでしょう。ただ私について言えることは、やはり、ものをつくる人間であるということが大きい。つくっているときは一切忘れてしまっているんですよ、なにがどうであろうと。考えなくてはならないこと、面倒なこと、一切を。だから結果として、私は長生きできたのかもしれない。ちょっとの間だけでも、そういうものから解放されるということは、生命体として、うまく生きられる秘訣の一つかもしれません」(同書21ページ)
 最後の言葉は、特に私も深くうなづけます。何かを創作しているときは無になれる。これは大きいと思います。結果、心の波が、本来の穏やかさに還るのですね。
 それと、この方の言葉でシビれたのは、「“美”とは、相反する両極を持つこと。そこに一切がある」(同書141ページ)。
 これはなかなか深いですね。
 一人の人間の中にも、陰陽の両極があって、そのバランスをとりながら生きています。内面に向かう性質や、外に向けて表現する性質のように。
 磁石も、陰極と陽極が引きつけあって一つにくっつく。
 絵の場合も、正反対の補色をバランスよく配置したり、大小や粗密を画面上でうまくバランスさせることで美が生まれます。
 異なる要素が結び合ってこそ、そこに新しい価値や美しさが生まれるわけです。
 著者は、富士山の美しさも同様で、「底に火があって、頂きに氷がある。(中略)両極あるということが、崇高で壮大にさせている」(同書147〜148ページ)と指摘しています。
 だから、一見、正反対に見えたり、意見が異なる人がいても、それを排除するのではなく、どう生かすのか、どう結び合えるのか、を考えたときに、美が生まれる道筋が開けると思うのですね。
 陰陽調和、補色調和。
 生まれ変わりの人生の中で、富士山のような、炎から氷までを一体となす壮大なスケールの人間を目指したいものです。
 今日も、どうぞ、お元気で!
【参考資料】
○篠田桃紅著『百歳の力』(集英社新書、2014年)
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