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2015年8月11日 (火)

対話の大切さについて(3)

【今朝のごあいさつ 〜2015年8月11日】
 対話の大切さについて(3)
 おはようございます。
 最近、わが家の菜園(約6畳)からはみ出して尚も成長を続けるカボチャを少し移動させようとして触れると、クルクルっとらせんを描いたツル
がしっかりと芝にからまっていてとれません。
 そこは少し傾斜になっているのですが、落ちないように“手”でしっかりつかまっているようです。
 そんな姿に私は、植物の健気さ、たくましさを感じました。
 毎日のように庭の作物と向き合うとき、私は無言の彼らから、こうした声なき声を聞くことがあります。
 トウモロコシの収穫が終わり、太く大きく伸びた茎を伐採し、収穫後のメロンの葉っぱがしおれてくると、菜園の日当たりがよくなったせいか、停滞していたズッキーニの成長が始まりました。
 みずみずしい緑色のズッキーニの葉を見ると、陽光を存分に浴びられることがうれしい、と語っているようです。
 私は、都会に住んでいるころから、朝、近所の他人の畑に行って、菜の花や立葵などの花を描くことがありました。
 対象となる彼らに向き合い、一心にペンや筆を動かしていると、時間も、日常のさまざまな出来事もすっかり忘れて、一時、無の中に飛び込んだような状態になります。
 すると、描き終わった後に、なんとも言えないスッキリとした気分になるのですね。
 表現の喜びはさることながら、モチーフとの一種の“対話”を通して、さまざまなことを学びます。
 例えば、ある年の2月末に菜の花を描いた時は、次のように感じました。
 私は再び菜の花を見つめた
 幾日ものこうした厳しい寒さを乗り越え
 大変な思いをして咲いたなんて
 まったく感じさせず
 ただひたすらに、あたたかな黄色と黄緑の光彩を放っている
 「春の訪れをいち早く知らせることが私の幸せ」
 そんな喜びだけを語るかのように!
 
       (『光のギャラリー』49ページ)
 人間のみならず、私たちは動植物とも“対話”ができると思うのです。
 それは、対象を通して、“内なる自分”と対話すると言ってもいいかもしれません。
 森羅万象が語る声なき声に耳を傾けること、そこから、現代を生きる私たちにとって、重要なメッセージがきっと得られると思います。
 
 今日も、お元気で!
【参考資料】
○小関隆史監修『光のギャラリー 〜絵手紙はWebにのって』(生長の家刊、2008年)
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