ブログ内検索

« 天空のリゾート | トップページ | 竹箸の制作 »

2015年8月20日 (木)

「聖なるあきらめ」について

【今朝のごあいさつ 〜2015年8月20日】
「聖なるあきらめ」について
 おはようございます。
 昨日で2日間の夏休みも終わり、定休日の今日は、部屋の整理をしたり、家でやるべきことをして過ごす日にしたいと思っています。
 さて、最近、図書館で借りて読んだ本がこれ。カトリックの聖心会のシスター、鈴木秀子さんが書いた『「聖なるあきらめ」が人を成熟させる』です。
 題名に興味をそそられました。
 本書では、「あきらめ」の2つの意味に着目。一つ目は、「諦める」で、「投げ出す」「執着しない」。二つ目は、「明らめる」で、「物事を明らかにする」「真理に達する」という意味です。
 聖なるあきらめ、とは、「自分も周りも幸せにする」として、鈴木さんがこれまで個人指導してきた数々の方の事例を匿名で紹介しながら要点を解説しています。
 一例をあげると、数カ月間、不登校を続ける高校生の息子をもつあるシングルマザーの方は、ある日、それまで息子に立派になってもらいたいあまり、「ああしなさい」「こうしなさい」と口うるさく言ってきたことが「自分の欲」だったと分かり、息子が学校に行くことを諦めた。そして、それまでのことを反省し、息子に「自分の好きなようにしていいよ」と告げるのです。
 すると、息子は、「意地を張って登校拒否を続けること」を諦めて、その日から学校に行くようになったというのです。
 これは、互いがすべきことを「明らめた」のだといいます。
「聖なるあきらめは、ときとして相手の心の奥深いところに届いて、相手の聖なるあきらめを引き出すこともあるのです」(本書133ページ)
 本書には、ほかにも、分かりやすい事例が載っているのですが、要するに「明らめる」というのは、自分の「本心(ほんとうの心)」に気づくことなのですね。
 本心に気づくと、それまで掴(つか)んでいたニセモノの心(我欲、執着、虚栄)などには価値がないと分かる。つまり、それらを諦めることになるのですね。「明らめ」と「諦め」は連動する。
 本書では、物事を成就していく過程で起こる、本心に目覚めるという心的変化を、「聖なるあきらめ」として、分かりやすく表現しているわけです。ネーミングの勝利です。
 以上のことが、すっと理解できる方は、特に本書を読む必要はないかもしれません。
 ちなみに、私は昨日、JR甲府駅から大型ショッピングモールに移動する際、子供たちと一緒に1時間ほどバスを待ちました。バス停でまさに本書を読みながら。「バスが定刻に来る」ということを諦め、読書タイムにしよう、と気持ちを切り替えると、さほどイライラしませんでした。ものは考えようですね。
 このように、日々に小さな「聖なるあきらめ」は私たちについてまわるものかもしれません。
 今日も、お元気で!
【参考資料】
○鈴木秀子著『「聖なるあきらめ」が人を成熟させる』(アスコム刊、2015年)
1

« 天空のリゾート | トップページ | 竹箸の制作 »

エッセイ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 天空のリゾート | トップページ | 竹箸の制作 »

喜びの投稿SNSサイト

フォト

日時計シリーズ


おすすめサイト

  • Seicho-No-Ie Artist Association

姉妹ブログ


  • 光のギャラリー ~アトリエ TK(新しいウィンドウで表示)

光のリンク

☆ ニュース ☆

無料ブログはココログ