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誌友会

2009年10月 6日 (火)

絵手紙を取り入れた誌友会の開催についてのご質問に答えて(1)

 昨日、このブログを読んでくださっているhiroさんから、メールで質問をいただいた。
hiroさんは、先日、初めて自宅で絵手紙の実践を取り入れた誌友会(※)を開いたそうだ。参加者は大人が10人(うち夫婦4組)で子供が3人。講師でもある開催者のhiroさんが、『自然と芸術について』(谷口雅宣著、生長の家刊)をテキストに講話をした後、絵手紙の制作を参加者の前で実演。その後、参加者が絵手紙を制作し、最後にhiroさんが参加者の作品を褒めたという。参加者の中には、「早速、絵の道具を揃えたい」という人もいて、好評だったそうだ。こうした誌友会の進め方については、このブログも参考にしていただいたそうで、少しでも役立てたことがうれしかった。 (※ 地域ごとで開催されている小規模な真理を学ぶ集い)
 
 ところで、以上のような報告に続いて、hiroさんから、次のような質問をいただいた。

(1)2回目以降はみなさんどう進めているのでしょうか? 次回も同じように絵を描くつもりですが、それが続くだけでは飽きが来てしまうのかなと。

(2)毎回参加したいという気持ちにさせるには、皆さんどういう工夫をされているのでしょうか?

 そこで、概略、次のような返事をさせていただいた。
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 私の場合は、2回目以降でも「絵手紙を描くのは初めて」という参加者がいらっしゃった場合は、やはり最初に『自然と芸術について』をテキストに「第1章 新しいタイプの誌友会」のところに描かれている基本的な話をします。
 経験者だけが参加の場合は、上記テキストの別の部分を紹介したり、絵手紙を描く上で参考になるような画家の言葉を紹介したりもします。まあ、私がこのブログで時々紹介しているような“絵を描く時の心得”のようなもの。「まっさらの目で観察することが大事ですよ」とか、「自然の中にもっとも美しい配色があります」などの内容です。また、自分が受け取って感動した絵手紙・絵封筒を紹介することもあります。
 絵手紙の実習の方は、初心者がいる場合は、やはり誰かが最初に手本を見せてあげた方がいいと思います。経験者だけの場合は、それは省略して、一斉に描き始めたらいいと思います。
 私は1年ほど、毎月、自分が住んでいる寮の集会室で、「絵手紙教室」(リアル版アトリエTK)を開催し続けていますが、毎回、参加者が自分で描きたいモチーフ(題材)を持参して描いていますので、皆さん、その都度、新鮮な気持ちで制作に臨まれているようです。すでにhiroさんも経験されていると思いますが、何もかも忘れて絵手紙・絵封筒の制作に没頭できる時間は、なんともいえない清々しいものですよね。月に1回でも、そういう時間がもてれば、すごく生活が豊かになると思います。
 絵手紙を始めると、何気ない風景や草花などに美を感じられるようになるなど、世界の見え方が変わってきますので、そうした日時計主義を生きる喜びを誌友会で互いに発表し合っても、いいかもしれませんね。特に、新しい参加者があった場合には、「絵手紙を描くようになって、こんなに自分が変わりました」などという体験を講話の前にちょっと話してもらうといい導入になると思います。
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  ところで、hiroさんは、以前から家族で絵手紙を描いてこられたそうで、今回のメール交換の中で、奥さんやお子さんを含むご家族3人の絵手紙を掲載したWebサイト~小次郎さんの一般公開ギャラリーを紹介していただいた。素晴らしい力作が並んでいるので、興味がある方は一度、ご覧あれ。
 今回の質問ならびにWebサイトの紹介にあたっては、hiroさんから快く了解していただいた。hiroさん、ありがとうございます!

 小関 隆史

 2009年10月6日

2009年10月 1日 (木)

「第10回絵手紙・絵封筒を描こう!」における講話(5) ~最終回、心惹かれるものを描きましょう

心惹かれるものを描きましょう

 皆さんもどうぞ今日は後ろのテーブルにいろんなものを――こういう「つっこみ如来」を描いてもらっても良いし、あるいはこういう落ち葉をこの機会に、いっぱいありますから是非見てみてください。実にこの一枚の落ち葉の中に微妙な色彩が表れてます。千住博という世界的にも評価の高い日本画家の方はですね、“自然の中に、もっとも美しい配色のパターンがありますよ。葉っぱの緑を見てください。その葉っぱの緑の中にほんとに美しい配色があるんですよ”って言ってますね。ですからそういう「美しさを発見する」っていう気持ちでね、見ていただいたら、そこには形の美しさ、色の美しさなど今まで感じたことのない世界が皆さんの前に開けていきます。それを素直に絵で表現していただければ、そこに皆さんの感動が絵に表れて、それはきっと私が見たら「あぁ、この方はこういうところに感動されたんだな」っていうふうに分かる。良さが必ず表れている。それが私に伝わってくると思います。
 ですから今日は皆さん是非、絵手紙でも絵封筒でもいいですし、チャレンジしていただきたいというふうに思います。どうぞよろしくお願いいたします。ありがとうございます。

 絵の題材を選ぶポイントは、眺めてみて、「面白そうだな」とか「これは綺麗だな」とか、心惹かれたものを描いていただけたら結構かと思います。それが一つモチーフ選びのポイントでございます。鉛筆も用意していますので、基本的な描き方としては、鉛筆やペンや筆で、ものの輪郭(アウトライン)をとって、それに色を着けるというのが一つの基本です。基本はあくまで基本で、「いや、自分は色から描きたい」と思われる方は色鉛筆から描いていただいても結構ですし、「この描き方でないといけない」っていう、そういう決まったルールはございませんので、どうぞ自由にのびのびと描いていただけたらと思います。
 ハガキからはみ出るように描いていただいても結構ですよ。「あぁ、これは迫力があるなぁ」と思ったらですね、バーンと思い切って画面からはみ出ても、逆に良いのができるかもしれません。御参考までに。よろしくお願いします。
 私はちょうど前の席でですね、絵手紙を実際に描きますので、最初どう描いたらいいか分からないという方はそれを見学に来ていただいても結構ですし、後ろにあるモチーフをすぐに描きたい、じっくり時間をかけたいという方は即描いていただいても結構です。よろしくお願いします。

(おわり)


小関 隆史

2009年10月1日

「第10回絵手紙・絵封筒を描こう!」における講話(4) ~才能がないと思っている人に

才能がないと思っている人に

 それでですね、この中に「自分は絵なんか描いたことない。絵というのは才能のある人だけが描けるんであって、自分にはムリです」って思ってる人もいるかもしれないけれども、そうじゃないんです。皆さんの中にね、才能が隠れてるんです。

 実例を紹介しますね。私は毎月第2木曜日の午前中、自分の住んでる寮で絵手紙教室(リアル版アトリエTK)というのを開いてまして、まさに今日のような場ですね。その絵手紙教室に、半年ほど熱心に通ってこられた方で、今は青森教区の教化部長をされている田中道浩さんが、最近「そのままのこころ」というご自身のブログで絵手紙を描くようになったきっかけを紹介されてたんですね。「僕が絵を描くようになったわけ」っていうタイトルの今年9月19日の文章で。その内容をちょっと朗読させていただきますね。
 ※ 以下の( )の中は私の註釈です。

 ぼくが現在のように絵を描くようになったのは昨年の9月11日からだ(まだ最近ですよね)。それまでは絵が得意でなく、自分には描けないと思いこんでいた。でも、生長の家では絵手紙を描くことを勧めている。さて、どうしようかと考えていた時だ。同じ寮に住む小関さんが寮で絵手紙教室を開催してくれることになった。最初は参加するかどうか迷っていたが、家内と2人で思い切って参加してみた。最初に文房具屋に絵手紙の道具を買いに行った(最初に参加者全員で道具を買いに行ったわけです。大手の文具店が私たちの寮の真向かいあるので)。それで、その道具を見ていると不思議なことになんだかやる気が湧いてくる(絵でもね、絵の具とか画材をそろえるとやる気が出て来るんですよ)。寮に帰り、小関さんの指導、描く対象をよく見ること。一番良いと思う角度から描くこと

(まぁ、こういうカボチャでもね、一番美しく見える、「あぁ、いいなぁ」と思う角度から描いたら良いですよと、そういうことをアドバイスしたんですね)

と指導があった。そして目の前で手本に果物を描いてくれた。それが大胆な色遣いで「あぁ、そういう風に大胆に塗っても良いんだ」と思った。


 まぁ、ほとんどの参加者が初心者でしたので、見本にまず私が描いてみたんです、皆さんの前で。今日も後で皆さんの前で描いてみます。もう充分ベテランの人は見なくて良いですよ。即実習に移って欲しいんですけれども、絵てがみを初めて描くとか、「どうして描いたらいいか分からない」という人は私が前で描きますので、それを見て参考にしてもらったらよろしいかと思いますね。でね、この田中さんが描いたのはブタさんの貯金箱。これ初めて描いた絵手紙だそうですね(と言って作品を見せる)。「はじめて絵てがみかきました! すっとんきょうなブタくん」と言葉が添えてあります。それで私がですね、「あぁ、良い色が出てますね」と良いところを褒めてあげたんですね。そうしたらすごくうれしかったようで、この初めての絵手紙制作を通して、次のようなことを田中さんは気づいたんですね。

 絵を描いている時は今に集中して、ほんとに今を生きている。頭の中を過去や未来が占めるのではなく、今、その今を生きている。頭の中ですごい切り替えが行われたと思う。そして自分でも全く描けないわけではなく、描けるということが分かった。

 素晴らしいことに気づかれたでしょう。それがね、田中さんの中で大きな自信になって、今や青森教区の教化部長として、自分が描けるようになった喜びがあるもんですから、教区の信徒の皆さんに絵を描く喜びを伝えておられるんです。それで、先日もこういう皆さんに集まって絵を描いてもらったら、こんなステキな絵手紙が描けましたということで、ご自身のブログで参加者の絵手紙をされて、今、青森教区で絵手紙を描く人が増えてきてるということを知りました。

 ですから私は田中さんが喜んで絵手紙を描き、「どなたでも描けますよ」と絵手紙の輪を広げておられる姿を見た時にですね、私自身は小さなころから絵は好きだったけれども、絵が苦手だと思ってる人も、絵手紙を描くことがきっかけで絵を描く喜びを感じることができると改めて気づかされました。

 そして田中さんは直接私に言ってくださったことがあります。「今までだったら落ち葉なんか踏んで歩くもんだと思ってたけれども、今はそれを拾ってその美しさを眺めて、それを絵を描く事ができるようになった」と。ずいぶん大きな変化ですよね。「踏む物」と見ていたものから「美を愛でる対象」への変化です。そういう変化が起こってきて、見える世界が変わってきた。ほんとにそういう自然の美しさを感じたりできる感動ある日々を送ることができるようになったということなんですね。
(つづく)

小関 隆史

2009年10月1日

2009年9月30日 (水)

「第10回絵手紙・絵封筒を描こう!」における講話(3) ~感じたままを素直に表現する

感じたままを素直に表現する

 感動ある生活を送るための第1番目に大切なことは、感覚優先モードに切り替える事。第2番目に何が大事かというと、「感じたままをそのまま素直に表現する」こと。これが実は、絵手紙を描くコツでもあるんです。「感じたままをそのまま素直に表現する」っていうことがすごく大事なんですね。
 これに関する部分が説かれたところを紹介します。テキスト『自然と芸術について』の47ページをちょっとお開きいただけますか? 『新版 幸福生活論』をお持ちの方は318ページに書いてありますね。「いのちといのちと触れ合っていのちを表現したのが芸術である」って言うことですね。その真ん中辺のところを読みます。

 そういう具合に、いのちといのちと触れ合って、いのちを表現したのが芸術である。先ず芸術家が無我になって対象に対して自分のいのちを投げかける。そして対象のいのちと一つになって対象のいのちを自己に摂取してそれを表現するのである。(『自然と芸術について』47ページ)

 これはどういう事かと言いますとね、私が今日持ってきました「カラスウリ」。面白いでしょ、このカラスウリ。これは、私の同僚の方が趣味で農園をされてるんですけれども、草刈りをしていてこのカラスウリを発見して、そのまま捨てるんじゃなくて、「小関さんに持っていったら絵手紙描くんじゃないかな」と思って職場に持ってきてくれたんです。それで、これを見てたらですね、同じカラスウリの実でも色が違ってね、両方きれいでしょう? 緑の実は緑の美しさがあり、このオレンジ色の実は、オレンジの美しさがあって互いに引き立てあってますよね。これを見て、「ああ、きれいだなぁ」って感じるわけです。このいのちが。このカラスウリのいのち、カラスウリのいのちは、いわばここに現れているわけですよね。その現れているカラスウリのいのちを私が「ああ、きれいだな」と思うことによって、私のいのちがカラスウリのいのちと触れ合ってるんです、ここで。感応しあってるんですね。そして「きれいだな」と私が思ったその思いを絵に描くとそのいのちが表現されることになる。そこに客観的にね。で、それを見た第三者が「小関さんはカラスウリのこういう色の対比を美しいと思ったんだな」と思って、絵手紙なんかをもらった人に私の感動が伝わるわけです。絵手紙を通して。

 それでここが大事なんですけども、じゃあ、普通のこういうビンとか、一見、死物――いのちが無いと見えるもの――に対してはどういう気持ちで描いたらいいか、ということもこの『自然と芸術について』には分かりやすく書いてあるんですね。今日は時間の関係でかいつまんで説明しますと、この容器だったら容器を作った人がいるわけです。設計した人がいる。それで、これはですね(と言って、踊るようなおどけたポーズをとった玩具の“仏像”を掲げる)、先日ちょっと子供たちと、遊園地に行った時にゲームをして入手した景品です。面白いでしょ、仏さんがなんかこんな風におどけてますけど、「つっこみ如来」って言う、これ懐中電灯なんです(笑い)。これ“意味優先”だったら懐中電灯なんてこんな形にデザインしませんよね。遊び心があるからこういう形してるんです。

 でね、やっぱりその物にもね、それぞれの作者のいのちが表現されてるっていうことがこのテキストに書かれてるんですね。それはどういう事かというと、このオリーブオイルのビンだったら、オリーブオイルらしい色をしてますでしょ? グリーンの濃い。そこにこういう反対色である赤い帯のラベルが貼ってあって、その上にはオリーブオイルのイラストが白地に深いグリーン色で描いてあって、なんかステキじゃないですか。一目見て、「ああ、いいなぁ」と僕は思ったんです。家の食器棚にあったんですけれども。そうした時に、作者のいのちと私のいのちがここで触れ合う。そういうことなんです。
 こちらの仏像型懐中電灯は、これを企画・デザインした「みうらじゅん」っていうタレントさんと私のいのちが、私が「あぁ、おもしろいな」と思うことで触れ合ってるんです。それを感じたままをそのまま素直に表現すればいいんですね。絵手紙や絵封筒で。
 今日は、私が後ろに用意した、落ち葉や花、置物などの中から、皆さんが気に入ったモチーフを選んでいただいて、絵を通して感動を表現していただきたいと思っております。
(つづく)

小関 隆史

2009年9月30日

【参考資料(テキスト)】
『自然と芸術について』(谷口雅宣著、生長の家刊)

2009年9月28日 (月)

「第10回絵手紙・絵封筒を描こう!」における講話(2) ~感動ある日々を送るためには?

感動ある日々を送るためには?

 それでは、次に、どうすれば感動ある日々を送れるようになるのか、というポイントをお話ししていきたいと思います。
 もうすでにここにいらっしゃる方の中には、「日々感動している」という方も多いと思うんですけれども、「感動したいんだけれども、なかなか感動できず平々凡々な日々を送ってしまっている」という方も世の中にはいらっしゃるわけなんです。
 まず、感動できるきっかけは、“感覚優先モード”になる必要があるんですね。
 で、これは、生長の家総裁・谷口雅宣先生が常々ご指導くださっている事なんですけれども、この人間の脳――脳の話を簡単にしますね――ごくごく単純に脳を図に描くと、正面から見たらこんな感じで、こっちが左脳ですよ。左にありますからね。こっちが右脳。右側にある脳ですね。これはですね。左脳というのは、「論理的」。これは、こういう意味があって、こうするんですよ、というように論理的に判断する脳。それに対して、右脳は「感覚的」。「この落ち葉、きれいだな!」とかね、そういう感性を司る脳なんですね。で、双方には、メリットとデメリットがあるんですね。左脳のいいところ、メリットはですね。いろんな判断ができる。これは自分にとって必要か、必要でないかとか、それぞれに意味づけをしたりできる。そうすることによって「効率的な生活」ができるわけです。例えば、真っ赤なリンゴを見てもね、「ああ、そろそろ熟してきているな」とか判断できるわけです、色を見て。一方、デメリットもあるんですね。全部、意味とか目的ばかりを優先に生活してしまうと、例えば、家から最寄り駅まで行く際、「駅に行く」という目的を持って歩くわけです。すると、その目的ばかりにとらわれていると、道中にどんなに美しい風景があったとしても、それに気づかなかったりする。そういう「意味優先」、「目的優先」に偏ってしまうと、「潤いがない生活」になってします。
 ところが、この右脳の場合のメリットは、感覚器官を司りますから、感動があるわけです。花を見て「きれいだな!」とか、そういう感覚器官を通して感動を得ることができる。じゃあデメリットはどうなのかというと、いわゆる感覚にばかり流されてしまうと、日常生活に支障が出たりする。日常生活が滞ったりする。
 例えば、今朝、おもしろいことがありました。「今日は皆さんと一緒に何を描こうかな?」と思って、家から最寄り駅までの間で、ちょうど今、桜の落ち葉がきれいなんです。私の家の前には、桜並木がずっと続いている。今朝、まず目に付いたのは、桜の落ち葉。すごくきれいでしょ(と、参加者に落ち葉を見せる)。黄色から緑に変わるグラデーションがなんともいえない美しい色です。それから、家から駅までずっと25分くらいあるんですけれども、ずっと下を向きながら歩いていたんです(笑い)。いつもは、前向きに生きているんですよ(笑い)。でも、今日は下向きに生きてたんですけれど。そして、途中で武蔵台公園の中を通ったら、ドングリの実が落ちていたんです。ドングリもまたかわいいな、と思って、また下を向いて実を拾いながら歩いていたんです。そしたら、気がついたら、全然、駅と違った方向に向かって歩いていたんです(笑い)。これがデメリットです。日常生活に支障が出るんです、感覚にばかり流されちゃうと、気がつけば方向違いの方に行ったりする。「ああ、そうか、これが右脳に偏るデメリットだな」と今朝は再確認しました。
 それで、じゃあ、その辺のことがテキストにどのように書かれているかというと、42ページの最初から3行目ね、ちょっと読みますね。

  普段我々は、多くの場合、物事に名前をつけて、それで事足れりとしている。

  これは左脳がやっていることです(論理を司る脳)。名前をつけるということは、言語を操作して、物事に意味を与えるということで、左脳はそれで事足れりとしている。

  あそこにミカンがあり、テレビがあり、テーブルがあり、電話が鳴っている――という程度の認識しかしていない。そこに置いてあるミカンの表面の滑らかな曲線や、艶やかで弾力のある皮の質感、手に取った時の心地よい重さ、鼻を近づけると分かるあの甘酸っぱい香りなどは一切無視して、「あ、ミカンだ」と対象に名前を貼りつけて、すぐに別の対象に注意を移していく。                (同書42ページ)

 というふうにね、皆さん、普段ね。私たちは日常生活の中で、いろんな周りのものに接している中で、「あっ、カボチャがある」と見て、今日の食材はね、これの「煮物にしようかな?」とか、そういうように考えるかも知れないけれども、まじまじとですね、カボチャを手にとって、この模様のね、なんともいえない美しさを味わうということは、なかなか普通の方はできないですよね。それは、ついついモノに名前をつけて、これはこういう意味なんだと、この左脳だけを使ってしまっている傾向があるんじゃないか、ということなんですね。
 で、43頁の終わりから7行目をちょっと読みますね。

 普段から「忙しい、忙しい」という心で生活している人にとっては、そうしないと(さっき、みたいに意味づけをしないとですね)会社や子供の学校に行く時間に遅れてしまうのでしょうから、無理のない面もあります。しかし、そのために分刻みで効率のいい生き方を左脳を使って行っても、それをやればやるほど、右脳の方がおろそかになる危険性がある。

 っていうことなんですね。
 ですから、谷口雅宣先生は、現代人の生活が、皆さんそれぞれ、右脳も左脳も持っているんですけれども、忙しい人なんか特に左脳に偏りがちじゃないでしょうか、もっと右脳の方を、感覚的な面を開発していくことで、左右バランス良く使っていく、これが大事なのだと。左脳は左脳としての役割がありますから、これも大事です。私みたいにね、ドングリを拾っていて、あらぬ方向に行っては生活できませんから。左脳も大事にしながら右脳も働かせる、左右の脳をバランス良く働かせた生き方をしていきましょうっていうことなんです。これが、私たちが豊かに感動ある日々を送る大きなコツというかポイントなんですね。
 そうして皆さんが、今まで活用してこなかったかも知れない右脳を開発していく時にですね。どうしたらいいか、ということが次に書かれているんですね。 
(つづく)

小関 隆史

2009年9月27日

【参考資料(テキスト)】
『自然と芸術について』(谷口雅宣著、生長の家刊)

2009年9月27日 (日)

「第10回絵手紙・絵封筒を描こう!」における講話(1) ~導入

 感動を絵に

 皆さん、ありがとうございます。
 今日は、「第10回絵手紙・絵封筒を描こう!」ということで――私の聖典講義の時は、最近は皆さんと一緒に絵手紙または絵封筒を描きながらですね、日時計主義の生き方を実際に皆さんと体験しましょう、というような時間とさせていただいています。
  今日は、生長の家総裁・谷口雅宣先生の『自然と芸術について』という本をテキストに進めさせていただきます。
 最初に導入のお話をします。
 今日は、後ろのテーブルに「秋らしいもの」として、おイモさんとか、その辺に落ちていた桜の落ち葉、ドングリの実とかいろいろと持ってきましたけれども、そういったものの絵を描くことを通して、皆さんには、まず、その物を見て感動していただいて、それを表現していただきたいなぁ、と思っています。
 その感動というものはですね、感謝の心につながっていきますので、私たちの生活も日々感動することによって、豊かな生き甲斐のある人生を歩んでいけるということになっておりますので、そういう点で、生長の家が提唱しています「日時計主義の生き方」にですね、絵を描くことはつながっていくんだ、ということでございますので、その辺をご理解いただければと思います。

 前のスクリーンに、私が日々書いております、インターネットのブログ――インターネットをされている方はご存じだと思うんですけれども――「絵を描く喜び ~アトリエTK」という名前で、私はほぼ毎日、いろんな事を文書にしたり、絵に表現したりして、このブログにアップしてるんですね。
 Tk_works01 これは、今年の9月19日にアップした絵なんですが、私は家族――妻1人と子供が4人おりまして――まぁ、妻1人は当たり前なんですがね(笑い)、まぁ子供が4人おりまして、休みの日はだいたい子供を連れて遊びに行ったりとかするので、一人でフリーで出かけることはまずないんです。ところが、今年7月に妻と子供たちが夏休みを利用して、「北海道に行きたい」ということでですね、私は「どうぞ、どうぞ」ということで、妻と子供たちには北海道に3泊4日で行ってもらいまして、家族が北海道に行っていない間に、ちょうど私も2日間だけ連休がとれましてね。「僕はじゃあ単独でスケッチに行きますわ!」というわけで、奈良県の方にスケッチ旅行に行ってきたんですね。そのときに描いた絵がこの3つの絵なんですね。いいところでしょ、なかなか。曽爾村というところでねTk_works03、これは池なんですけれども、湿原のような感じになっていて葦(あし)がずっと生えているんですね。そういうところに行って、 こういう茅葺き屋根の民家などもあってね、「ああ美しいなぁ」と思って絵に描いたんですけれども、これは曽爾川といって、水のきれいな川があって、そこに架かっている葛橋(かずらばし)を渡っていて、ふと川の下を見ると、川の中に青空が見えたんですね。皆さん、川は普通、川底が見えたりTk_works02_3ね、魚が見えたりしますけど、なかなか川の中に青空って見えないですね。ところが水がすごく美しくて、ちょうどその時、天気が良かったから、まるで鏡のように水の面にですね、 こういう青空が浮かんでいた。それに非常に心打たれたんですね。で、それを元に私は、第31回生光展(会期:2009年10月12日~18日)に出品する『曽爾川に生える』(20号)という絵を描いたんですね。これはアクリル絵の具で描いたんですけれども。
  私は、さきほど、「川に映った青空に非常に感動した」と言いましたけれども。
 と同時に、その2日間というのは、関西地方に大雨の予報が出ていたんですよ。それで、出発前から雨を覚悟して、リュックサックの雨よけのためにカバーを新たに購入するなど、Tkworks090906 入念な雨対策を行っていたんです。雨でもかまわない、今しか行くチャンスはないと。ところが、雨の予報は見事にくつがえって、カラッと晴れて――近畿地方の大部分は雨だったんですけれども――私がいた奈良県と三重県の県境だけは晴れていたんですよね。それで私は、その時思ったのは、「ああ、神様は私を祝福してくださっているな」って感じたんですよ。ただ単に風景を見た感動だけではなくて、「私は本当に神様に導かれ、護られているんだな。祝福されているんだな」っていう感動の気持ちを私は絵にさせていただいたんですね。ですから、私はこの絵を描きながら、ほんとに自分の感動を再確認させていただいたということなんですね。
 ですから、絵を描くということは、ただ単に物質的なものを見て描くというよりも、自分の感動した思いをキャンバスに表現する、ということが絵の魅力ではないかな、と思わせていただきました。
(つづく)

小関 隆史

2009年9月27日

今日は日曜誌友会 ~私の講話準備ノート

Tks_note_090927 今日は午前10時から正午まで、生長の家本部会館で、「日曜大誌友会 ~第10回絵手紙・絵封筒を描こう!」を開催します。
 最初に30分ほどの講話をして、それから絵手紙・絵封筒の実習をします。
 今回のテキストは『自然と芸術について』(谷口雅宣著、生長の家刊)。私はいつも、左の写真のように頭の中にある「講話の流れ」と「ポイント」をA4の紙に手書きで記載します。今回は、右脳と左脳の働きも説明するつもりなので、板書する簡単なイラストも入れています。
 なぜパソコンに入力しないかというと、考えながら、文字やイラストで書くことでより頭に入りやすくなると思うからです。まだ途中段階のメモですが、この後、マーカーや赤ペンなどを使って、重要なポイントに印をつけたり、書き加えたりという作業が続きます。これを演壇の上に置いて、チラリと見ながら講話を進めます。
 今日は、「感動を描こう! ~感動は感謝のスイッチをONにする」というテーマでお話しするつもりです。
 感動を絵に描くことを通して、感謝の生活が送れるようになる――ことを体験を交えて説明できればと思います。
 
 私は、取材などで人の話を聞くのは得意ですが、話す方はそれほど得意ではないので、いつも講演や講話の前は緊張して、プレッシャーを感じます。今朝などは、夢の中に、脳の図が出てきて、それで誰かに説明していました。講話で何を話そうか、ここしばらく考えていたからでしょうね。プレッシャーなどを感じず、もっと自然体でいいと思うのですが…。まだまだ修行です。

 まぁ、そういった緊張も誌友会が始まるまで。スイッチが入れば、内から自然に言葉が出てくるものです。
 今日は、絵手紙や絵封筒が描けると知って参加される方、しかも初めてそれらに挑戦される方もおられるはず。

 「描くことって、こんなに楽しかったんだ」

 そう思っていただけるような楽しい2時間にしたいと思います。

 小関 隆史

 2009年9月27日

2008年8月27日 (水)

第4回絵手紙を描こうの講話音声データ

 去る8月24日(日)に開催しました「日曜大誌友会」における第4回「絵手紙を描こう!」の中での講話を録音したものを掲載させていただきます。
 再生時間は約32分で、MP3形式(約29.4MB)のデータです。



 小関 隆史

 2008年8月27日

2008年5月20日 (火)

“小さな奇跡”を感じて ~日曜大誌友会裏話

 先日、初めて日曜大誌友会で絵手紙の実習を取り入れることにした際、一番、頭を悩ませたのは、何を参加者の皆さんに描いていただくかということでした。
 当日の参加人数がまったく読めない中、大体20人から30人の参加があることを予想し、スーパーで何か果物を買ったり、生花を用意しようかなぁ、と漠然と考えながら日々を過ごしていました。
 そうして、誌友会の2、3日前になったころから、だんだん焦りだしたのですが、いいアイディアが浮かばない。とうとう前日を迎え、食材をスーパーに買いに行ったついでに青果コーナーを眺めたりしていました。
 そんなこんなしていたある時、「そうだ、統一したモチーフをわざわざ用意しなくても、身の回りにある日用品や落ち葉など、目についたものを用意すればいい」と気づいたのです。
 そして当日、いつもより早く出勤した私は、職場の前の道路を眺め、落ち葉を探しましたが、1枚も落ちていません。まぁ、春ですからね。当然かも知れません。
 軽くショックを受けながら、仕事場の自分のデスクに着くと、そこに、見なれない紙袋が置いてあるではありませんか。そっと中を覗くと、そこには、実に青々とした「きゅうりの苗」が5本入っていました。
 そうです、私がベランダで家庭菜園をしたいと思っていることを知った同僚の「のらさん」(仮名)が、自宅から余った苗をもってきてくれたのでした。
「やった~!」と私は心の中で叫びました。これは、絵手紙のモチーフに使える、と。
 そうして何気なく、職場の冷蔵庫を開いてみると、先の「のらさん」が自宅の庭で収穫して皆に分けてくださった「さくらんぼ」が1パック残っているではありませんか。ここでまた、ニヤリ。
 次に、職場の中を見渡してみると、コンピュータのマウス、魚の顔みたいな一穴パンチ、ヘッドホンなど、いろいろと描きたくなるようなものがあり、それらを集めると、「これでいける」という感じがしてきました。
 また、日曜大誌友会の会場の1階にあるカウンターには、小さな鳥、ネズミ、フクロウなどの置物があり、それらも所有者に断ってから、絵手紙のモチーフとして使わせていただくことに。
 こうして、無事、誌友会が始まる時間までに、長机いっぱいにさまざまなモチーフが集まったのでした。
 良いことが起こる前触れを“吉兆”といいますが、特別にお金を出して用意したわけではないのに、必要なものが必要な時に集まってきたこの日の出来事は、私にとっての吉兆であり、“小さな奇跡”だったのです。
 だって、参加者に一番人気だった「きゅうりの苗」だって、当日の朝、私を待っていてくれていたようなものですから。(笑)
 こうした小さな奇跡の連続で、誌友会の演壇に向かう私が、どんなに心強く、喜びに満たされていたかは、説明するまでもありませんよね。
 私にとって初めての本格的な“絵手紙誌友会”は、こうした恵みを頂きながら“船出”をしたのでありました。

 小関 隆史(TK)

 2008年5月20日

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