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小説

2008年9月24日 (水)

まほろば(3) 小関 隆史

 黒い布製バッグを足元に置いて、バスの左側最前列に座った。前方と左手が一番よく見えるから好きな席だ。バスは休日で人通りの少ない朝の岩倉の街をゆったりと走る。しばらく進んだところで左手に新聞配達所が見えた。最近新築したばかりの真新しい建物は、以前と同様に2階部分には配達員の部屋が並ぶ。日曜日には夕刊の配達もないから、みんなゆっくり部屋でくつろいでいるだろうな、と思う。釣り好きの“大将”も、今頃は釣り道具をそろえて、今晩からの夜釣りに備えているかも知れない。

「スケッチに行きたいので、月曜の朝刊、休ませてもらえませんか?」
 そう言うと、翌朝のチラシを「パパン、パパン」とリズム良く新聞に挟み込む手の動きはそのままで、ちょっと間をおいて大将がこちらを向いた。
「わかった。行ってきいな」
 いつものようにぶっきらぼうな物言いだけれど、八重歯がちょっとのぞいて、ほっとした。
(ほんまに恵まれてるなぁ)

 バスは左手に比叡山を眺めつつ北白川通りを南下し、錦林車庫の前を通り過ぎる。
(哲学の道はきっと、今は紅葉が見ごろやろうなぁ)

「健志は“秋”かな」
  スケッチ仲間の内藤さんが迷わずこういった。仲間それぞれが似合う季節のイメージを言い合っていた時のことだ。
「そうですか、秋も好きですけど…」
「男が“春”というのも、ちょっと何だろ」
 内藤さんは軽やかな標準語で後部座席に座る僕に振り向いて語りかけた。
「ええ」
 と言いつつも、ちょっと意外な感じだった。自分の中では、「夏かな」と思っていたから。でも、同乗していた他の2人も、内藤さんと同じ意見のようだった。空気がそう語っていた。大学受験で二浪を経験するなかで、すっかり秋が似合う男になってしまったらしい。
  以来、なんとなく秋に対する親しみも増した気がする。

  バスに揺られること40分、ようやく京都駅に到着した。駅の中の東側を南北に貫いた通路を通って、南側にある八条口まで歩く。近鉄京都駅がある方だ。八条口に出ると新幹線の改札口を通り過ぎて一番、西の突き当たりに奈良や大阪方面に向かう近鉄電車の始発駅がある。目的地の近鉄名張までは、特急で約1時間ちょっとで着く。駅のホームにある売店でホットの缶入り紅茶を買って9時15分発の特急電車に乗り込んだ。
  出発時刻に近づくにつれて、乗客が増えてきた。通路をはさんで反対側の席には、トレッキングシューズをはいた60代から70代と思しき4人が座った。キャップ姿の男性から若々しい印象を受けた。女性も混じって、なかなかにぎやかだ。
(ハイキングで奈良に行くんやろか) 
  温かいレモンティーの缶を窓際に置いて、ホームを歩く人たちを眺めた。

2008年9月22日 (月)

まほろば(2) 小関 隆史

「お母さん、今度の日曜日から一泊で奈良の田舎の方にスケッチに行ってくるわ」
「へぇー、奈良のどこ?」
「奥香落(おくこうち)。すごい、いい景色なんやて」
「いいやん、ゆっくり描いてきたら。どこに泊まるの?」 
「民宿。何軒かあるみたいやし」

 母と僕は、パリッと糊の効いた得意先のKBS放送局の白い宿直用シーツの両端を2人で引っ張って伸ばしながら、旅行の話を続けた。母も何だかうれしそうだった。

 出発の11月22日の日曜日は朝からすかっとした青空が広がった。下宿の部屋の東側のサッシ窓を開くと、遠くに比叡山の稜線がくっきりと見えた。紅葉した部分と青みがかった木々の配色が遠目にも美しい。すでに時計の針は午前7時を回っている。僕は、いつものように近くの焼きたてパンの店でサイコロみたいなチーズの入った総菜パンを買って下宿の部屋で食べた。ほのかに温かさが残り、ふかふかしていたのがうれしかった。やっぱりパンの焼きたては格別だ。それだけで幸せな気分になれる。
 ふとパンを食べながら今日も、父と母は一緒にパン屋に行くのだろうと思って、ほのぼのとした気分になった。

「あのなぁ健志君、勇作さんは最近、私が朝の8時に病院に行くと、病院の玄関で待ってはってなぁ、2人で前にあるパン屋さんに行くんや」
「ほんまに」
「それで勇作さんのパンを買うんやけど、レジで必ず“ワシが払う”と言ってお金を出さはるんや。おもしろいやろ。それやったら先に1人で買いに行ったらいいのになぁ」
「それは、ただお母さんと一緒に買いに行くのが楽しみなんやと思うで」

 病気で入院したことで、僕には父母の心の絆がかえって深まったように思え、父の行動も微笑ましかった。
 そんな父も、最近は調子が悪く、その事を思うと心がふさぐ。母はそれを誰よりもよく知っているから、僕に気分転換を勧めてくれたのだろう。
 昨夜は、実家の手伝いを終えた後、ホルベインのソフトパステル、紙、折り畳みイス、B4サイズの画板、パステル定着液などを黒の大きめの布製バッグに詰めておいた。民宿に泊まるからパジャマ代わりにジャージも入れておくことにした。荷物の最終チェックを終えた僕は、シーンと静まった下宿の板張りの廊下と階段を降りて、第一今井荘を後にして、バスで近鉄京都駅に向かった。

2008年9月19日 (金)

まほろば(1)  小関 隆史

「健志君、どこかスケッチ旅行でも行って来たら?」
 プレス機でシーツを伸ばしながら言った母・美咲の一言が小さな旅のきっかけだった。
 父の勇作が倒れて以来、朝は欠かさず病院に向かい、日中は夫に代わってひたすら家業のクリーニングの仕事を続ける日々…。
(お母さんこそ、ゆっくり休ませてあげたいよ)
  でも、母は今そんな気持ちになれないことは、よく分かっている。もちろん僕だって旅行という気分じゃないけれど。母の僕への気遣いは、痛いほど伝わってきた。家業の手伝いで負担をかけている息子に気分転換させてあげたいという親心が…。
(一人旅か…、せっかくだから、どっか行ってみようか)
 ふと、僕の脳裏に浮かんできたのは、その数カ月前、京都府立文化芸術会館で開かれていたあるグループ展で見た一枚の絵の光景だった。
 たぶん僕が熱心に見ていたからだろう。作者が声をかけてくれたのだった。

「この風景、中国の桂林に似ているでしょう?」
「そうですね。どこなんですか?」
「奈良と三重の県境にある“奥香落(おくこうち)”というところです」
「へえー、そんなとこがあるんですね」
「この絵は鎧岳と呼ばれるところを描いたものだけど、ほかにも、屏風岩とか、絵になる景色がたくさんあるよ。近鉄名張駅から路線バスに乗って曽爾村まで行く途中に通る渓谷の紅葉がそれはきれいで…」

(いつか奥香落に行きたい)
 この時、そんな思いが自然に僕の心に芽生えていたのだろう。行き先に迷いはなかった。
  バイト先の新聞配達所の店長にも月曜の朝刊の配達を休ませてもらえるように話をつけた。日曜日から月曜日にかけて出かけるつもりだ。月曜日には一般教養の授業もないし、日曜の朝、朝刊を配り終えたらすぐに出発しよう。一人で旅に出るのは、久しぶりだ。最初はそんな気分でもなかったのに、行き先が決まると、不思議と準備が進む。僕は翌朝、早速、出町柳の大地堂でB4サイズのマーメイド紙を購入した。色は、パステルの明るい色をのせた時にきれいに発色する銀鼠、青鼠、白茶の3色を揃えた。頭の中には、先日見た風景画のイメージが鮮明に残っている。あの風景を描くにはパステルが一番適している、そんなことを考えながら。
(さて、どうやって現場にたどりつくか)
 分かっているのは、曽爾村、奥香落という地名と近鉄名張駅が最寄りだということ。まずは、電話番号案内で曽爾村役場の連絡先を調べて、観光パンフレットを郵送してもらうことにした。
 数日後、1枚の『曽爾高原観光マップ』が入った封書が僕の手元に届いた。
 地図の中央に描かれた“お亀池”が亀らしく見える位置に地図を回転させて眺めた。

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