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わんだふる・わーるど

2017年3月 5日 (日)

雪の芸術

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自然が描く美しさには
とうていかなわないと思う
2017.3.4 TK

2013年4月20日 (土)

わんだふる・わーるど(63) 笑顔のサイン

今朝の通勤電車の中、
小学2年生くらいの女の子を連れた女性の隣に立つ女の子は

元AKB48の前田敦子さん似のかわいい子。
東小金井駅で「じゃあ、三鷹で乗り換えてね」と言い残し
母親らしき女性は降車。と同時に私の前の席が空いたので
そこに座った。
右斜め前には、女の子がひとりで立っている。
なにやらブツブツ独り言をつぶやいている。
私がその子の顔を見てニコッと微笑んだその瞬間。
「ねえ、ガンダムとウルトラマンが戦ったら、どっちが勝つと思う?」
とその女の子が突然、話し掛けてきた。
「うーんと、ガンダムが勝つと思うよ。ウルトラマンは3分しか戦えないからね。どう思う?」
「わたしもガンダムが勝つと思う。ガンダムは刀も持ってるし、タテでウルトラマンのビームだって跳ね返せるから…」
「でも、ウルトラマンが3分以内に一所懸命、頑張ったらどうする?」
「やっぱりガンダムに刀でお腹を切られるよ」
「ガンダムが好きなの?」
「うん、アムロが乗ってるのが好き」
(ああそうか、今は昔と違っていろんなタイプのガンダムがあるんだ)
「アムロ・レイ? シャーは好き?」
「シャーはきらい。だって、ええっと、背後の橋はじゃなくて、背後のシリは…、なんだっけ、ダジャレじゃなくて…変なこと言ってるから…」(言わんとする意味がよく分からない)
(電車が三鷹駅に到着)
「ここで乗り換えだったよね」
「そう」(慌てて降りる女の子)
「じゃあね~、気をつけてね」

わずか2駅くらいの間の女の子との語らい。
少女の口調は、友達かお父さんに話し掛けているような感じだった
でも、見ず知らずの女の子から話し掛けられたことが無性にうれしかった。
「このおじさんは話し掛けても大丈夫」って思ってもらえたってことだから。
周囲の人たちは、きっと女の子が知り合いのおじさんと話していると思ったことだろう。
“ひとり言”は、孤独な時に発するサイン
それを見逃さず、いつも笑顔のサインで応えられる自分でいたい。

小関 隆史

2013年4月20日

2013年3月14日 (木)

わんだふる・わーるど(62) 保育所の修了式に行く

Akira_syuryoushiki_20130313a  昨日3月13日(水)、三男が通う保育所の修了式(卒園式)があり、妻と一緒に出席した。

 修了証書を所長からもらった子供は、一人ずつ親のところに行き、ひと言メッセージを語りかけ、親もそれに返答にて言葉をかける、というのがメインのプログラムだった。三男はその順番待ちの間、こちらを見たり、お友達が親に語りかけるところを見て微笑んだりして、むしろリラックスした感じで、楽しそうだった。
 私も、順番が来たら、あれを言おうか、これを言おうか考えていたのだが、本番では、「いつもありがとう」と私の耳元で小声で言ってくれたのだが、「アキラくん、おめでとう」と私が返したところで、本人がニコッと笑ってすぐにターンして席に戻ったので、「あ〜」と私が手を差し出して声をあげると、会場がドッとわいた。はからずも1秒間スピーチになってしまった。長くしゃべり過ぎるよりかは、良かったかもしれない。Akira_syuryoushiki_20130313b2
 保育所で、しかも平日の開催だったので、小さな子供たちからクラスごとにお祝いの出し物があった。合唱、器楽演奏など、あどけない表情の幼い子らを見ていると、見飽きない。Akira_syuryoushiki_20130313c
 また、会場の保育所のホールには、子供たちが制作したお面や、劇の時の演出用に描いた水彩画が飾ってあり、伸び伸びとした筆致とその色遣いに、「これは素晴らしいアートだな」と感心した。子供たちはある意味天才だと心から思う。Akira_syuryoushiki_20130313d
 いい先生、いいお友達に恵まれて、三男は本当に幸せだと思った。
 Akira_syuryoushiki_20130313eAkira_syuryoushiki_20130313g Akira_syuryoushiki_20130313f 心にしみる素晴らしい式典の準備をしてくださった先生方、保護者のお役の方に心から感謝したい。
小関 隆史
2013年3月14日

2012年11月18日 (日)

わんだふる・わーるど(61)小学校の学習発表会に行く

 2012年11月17日(土)、小学5年生の次男が通う小学校の「平成24年度 学習発表会」に家族と出席させてもらった。「心ひとつに 笑顔と感動を 届けよう」とのテーマで開催され、1年から6年まで、1学年ごとにさまざまな発表があった。私たち親の世代には学芸会と呼んでいたイベントなのだが、この日のあいさつに立った学校長の話では、趣旨が若干異なるらしい。単に演劇や音楽を発表するというよりも、1年間の学習の総決算というか、成果を発表する場ということで、国語、音楽、社会(歴史)、環境、体育などの学習内容をそれぞれの発表に盛り込んだ演目となっていた。実際、一口に演劇、音楽などと言い切れない、多様な要素が発表に含まれていて見応えがあった。
 果たして次男の学年の発表は、第1番目の「音楽の旅〈5年〉」。男女二人が「どこでもドア」を使って、世界を旅して、その地方で歌われている歌や曲をグループごとに披露していくという内容だった。次男は、最初に訪れた国、日本に出演。「なはんせ〜」などのセリフを2、3しゃべっていた。
 音楽には、「コンドルは飛んでゆく」など、知っている曲も多く、ラストの合唱曲「この星に生まれて」には大きな感動を覚えた。80ほどの5年生全員が舞台に並び、まっすぐ前を向いたキラキラした瞳で、
Dreams come true together 夢をすてないで
Dreams come true together かならず叶うから
  などと、未来への希望を歌っているのを聴いて、思わず目頭が熱くなった。
 この子供たちが生きる未来のためにも、われわれ大人が今しっかりしないといけない、社会が進む方向をしっかりと見据えて今を生きなければならない…などと強く感じた。

Dokodemo_doa01

 このほか、あどけない表情の1年生のかわいい発表などもあり、とても見応えのある3時間だった。来春この学校に入学する予定の三男は、目を輝かせながら、まったくたいくつしたそぶりも見せずに終始舞台での発表に集中していたのには驚いた。子供の目にも、引きつける魅力があったに違いない。
 帰宅後、早速、三男から、発表の中で登場した「どこでもドアを作って!」とのリクエストがあったので、写真のようなごく簡単なドアを作った。
 こんな単純な構造のものでも、三男はとても喜んでくれ、何度も何度も「パッパパー」とアニメでどこでもドアが登場する時の効果音を口ずさんでいた。Dokodemo_doa02
 次の休みの日には、この日の学習発表会で使われていた「演目」を表示する紙をめくっていくタイプの掲示板を作ってほしい、とのリクエストがすでに来た。
 学習発表会の再現が、しばらく続きそうだ。
小関 隆史
2012年11月18日

2011年8月31日 (水)

わんだふるわーるど(60) 病の中で輝く

 8月28日の『讀賣新聞』朝刊の「認知症と向き合う」のコラムに、心惹かれた。タイトルは「輝き続ける文才」。認知症の専門医である木之下徹氏の文章だ。曰く、「認知症になると頭が悪くなると思っている方がおられるかもしれませんが、想像に反して、優れた文才のある人は認知症になっても優れた文章を書き続けるというのが私の実感です。たとえ、誤字脱字が増えても、文章の基本構造が崩れてきたとしても、です」とあり、さらに、「認知症を抱えることにより、一層、輝くような文章を書かれる方もいます」という例も。禍(わざわい)を転じて福と為す、という諺があるが、これは、まさしくそれを地でいく例だと思う。

 認知症に限らず、病気や障害、困難な状況…等々は、誰の身にも起こり得ることだ。そうした時の受け止め方、これはとても大事だ。そのことを受け入れるまでに、時間がかかる時もある。人間の弱い面が、突きつけられた現実を「受け入れたくない」と思ってしまうから。その思いの根底には、今直面した問題というよりも、来るべき将来のことを自分なりに想像(心配)し、恐怖心を抱いてしまうことがあると思う。

 木之下さんも、先の原稿の中で、「認知症になると、自分が壊れてしまうという絶望感に襲われがちです。(中略)文章の例で示したように、すべてできなくなるわけではありません。最期まで、自分が人生の主人公のままで生きていけるように、人生のごく普通の一つの過程として受け止められるような世の中になるとよいなあと思います」と書かれている。

 この考え方に私も賛成だ。
 人間というのは、素晴らしい潜在能力を持っていて、この体にしても、私たちが気づかないところで、足らざるところを補い合って、実にうまく生命体としての活動を支えている。だからこそ、病気や障害をもっても、素晴らしい能力を発揮できるのだ。

 かつて、全盲のイラストレーターのエムナマエさんは、言っていた。目が見えなくなってから、心の眼で色鮮やかな映像が見えるようになった、と。実際、やなせたかしさんは、「目が見えていた時よりも、絵がシンプルで良くなった」という主旨のことをエムさんとの対談で語っていた。

 何があっても、必ず良くなる。良くなるしかない。その思いが、現実の人生を“そのように”創造していく。マイナスをプラスに変える力が人間にはある。
 もっと言えば、マイナスというのは、そう見えるだけで本当にはない。要は、私たちが、その物事をプラスと捉えられるかどうかだ。人は、人生という舞台でさまざまな経験を通して、それらを学び、いつしかアクシデントや不測の事柄をもろともしない“主人公”として成長していくのだろう。

小関 隆史

2011年8月31日

2011年8月29日 (月)

わんだふる・わーるど(59) なぜ、音楽をやりたいのか…

 1カ月ほど前に、アコースティックギターを買った。
 最初、「これまで一度も弾いたことがない」というと、大抵の人は驚きの表情を見せた。
 楽器を演奏するのは、小・中学生の時にリコーダーを学校で習って以来。でも、音楽はずっと好きだった。音符はほとんど読めなくて、ペーパーテストの点数は低かったけれど、音楽の時間は楽しみで、歌うことが大好きだった。

 今でも思い出すのは、中学の時、当時、毎週土曜日の午後1時くらいから放送されていたFM大阪の「歌謡ベストテン」を毎週、楽しみに録音していたこと。気に入った曲を何度も聴いては覚えて、歌った。ある時には、親友から、「おまえ、いつも休み時間に、こんなふうに口開けて、歌ってるやろ」と笑いながら言われた時には、自分の“習性”を初めて自覚して、ちょっぴり恥ずかしかった。

 家には、ウクレレと尺八と軍隊用のトランペットがあった。いずれも父親の所持品。中でも父は、尺八が好きだったようで、夜に練習している姿を何度も見かけた。
 でも、中学まで野球少年だったし、高校は美術高校で、授業自体が部活みたいなものだったので、好きは好きでも音楽に傾倒していくこともなく、ギターや楽器を始めたいと思ったことは、一度もなかった。
 では、なぜ大人になってギターを弾きたいと思ったのか。
 それには、いろいろと伏線があるのだが、大きなきっかけは、10年ほど前、ある福祉施設に幼稚園児の息子を連れて通っていた時に、初めて生のギターの音色を聴いたこと。すごく響きが美しいと感じて、心に強く残った。
 それからしばらくして、青少年を対象にした生長の家の夏合宿(練成会)が熊本で行われた時に講師として指導した際、「自分の夢を描こう!」という時間があり、私も何か描いてみようと思い立ち、描いたのが掲載のイラスト(PC画)だ。深く考えず、パッと思い浮かんできたことには、潜在意識が現れることが多い。Yume
 それで、「ああ、僕はギターを弾きながら、歌いたいんだ」と意識するようになって、今に至る。いつか始めたい、いつか始めたい…と思いながら、最初の1歩が踏み出せない状態がずっと続いていた。
 ところが、機が熟したというか、現在携わっている編集の仕事も丸13年を迎え、仕事に対する自信というか、少なからず心の余裕が生まれてきたことが、新たな趣味に手を伸ばす大きな力となったと思う。さらに、余命半年というある俳優が、友人の作曲家の手になる曲でCDデビューを果たす、というニュースに触れ、「半年も30年も変わらない。私も悔いのない人生を生きたい」と強く思い、家族に「ギターか歌のレッスンを始める」と話すようになった。
 加えて、今から3カ月ほど前に、高校時代の旧友とFacebook(フェイスブック)を通じて再会し、共通のミュージシャンの友人のライヴに一緒に行ったりする中で、「始めたらいい」と背中を押してもらったことも大きかった。

 Tk_guiter3 ともかくも、新しいことにチャレンジするのは楽しい。
 もとより、時間的な制約があるのは百も承知なので、ギター練習の進み具合は、亀のようにゆっくりとした歩みになるだろう。それでも、一つ一つの技術を積み上げていけば、必ず曲が演奏できるようになるはずだ。それは、絵画でもスポーツでも仕事でも同じだから。
 音楽を始めることで、きっと私が描く絵も変わってくると思う。もちろん、仕事に対してもいい影響を与えてくれることを期待している。なぜなら、音楽でも絵画でも、表現したものから、逆にフィードバックを受け、表現の主体たる私自身が教えられることがあるからだ。

 自分の思いを詞にたくし、メロディーにのせて届ける――そんな心躍る新たな夢に向かって、私はもう歩き始めた。

 小関 隆史

2011年8月29日

2011年3月29日 (火)

わんだふる・わーるど(58) 親子サッカー試合(2)

 Oyako_footboll032711a_2 昨日、小3の息子が入っている少年(少女)サッカーチームの親子サッカーのイベントがあり、家族で参加した。前にもこのブログでこのことに触れ、体を動かすなどの準備をしたいと語っていたが、結局、特別な準備は何もできず、当日を迎えた。
 コートは通常の半面の大きさで、ルールはフットサルに近いもの。ボールがコート外に出た時には、頭の上から投げ入れるのではなく、蹴り入れる方式。
 親チーム(5~6人)と子供チーム(7~8人)が対戦し、試合時間は10分間。私は間隔をおいて3試合に出場し、各試合とも開始5分くらい経った時点で口で荒い呼吸をするようになり、終盤は気力だけで体を動かしていた感じだった。

 印象に残ったのは、息子がゴールキーパーを務めた試合。私が右サイドから一人抜いてシュートしたが、息子に難なくキャッチされてしまった。「コセキ、いいぞ!」というコーチの声が息子に飛んだが、私も心の中で同じことを思った。シュートを放つまでは親子であることを忘れて“本気”でプレーしていたが、キャッチされた時点ではすでに親に戻り、拍手をおくる気持ちになっていた。この試合は、結局、1対0で親チームが負けた。後から、息子に「強いシュートだったのによく捕れたね」と声をかけると、「楽勝、楽勝」と返された。Oyako_footboll032711b_2

 体をめいっぱい動かした後に食べた昼食のおにぎりは最高に美味しかったし、家に帰ってから食べた晩ご飯も、いつも以上においしく、たくさん食べられた。スポーツをして体を動かすことの素晴らしさを実感した一日だった。
 

 小関 隆史

2011年3月28日

2011年3月21日 (月)

わんだふる・わーるど(57) 菜の花の声

Tk032011 「生きて…」

菜の花の声が聞こえますか?

早春の冷気をもろともせずに
黄色い小さな花を可憐に開かせる
菜の花たち

肩寄せ合いながら
上へ上へ、陽の当たる方へと
力の限り伸びていく

明かりのない真っ暗な夜も
長い冬の寒さも
じっと耐えながら
朝を待ち
春を待ち

元気いっぱいの黄色い花を
次から次へと
咲かせるのですね

一つ一つの花は小さいけれど
ギュッと手を握り合って
励ましながら
微笑みながら
心の中のお陽さまを
いつも見ているのですね

自分に一番似合う
青空を心待ちにしながら
希望を語り合っているのですね

「生きて…」

雨がしずしずと降る朝に
小さな声を聞きました

小関 隆史

2011年3月21日

2011年3月20日 (日)

わんだふる・わーるど(56) 私たちの願いを絵手紙に託して

Tk031911  生長の家が運営しているSNSサイト「postingjoy(ポスティングジョイ)」の中で私が管理人を務めている「絵手紙・絵封筒」コミュニティに「私たちの願いを絵手紙に託して」という投稿コーナー(イベント)を設けたところ、たくさんの方から被災者の皆さんに心を寄せた温かい希望に満ちた作品が順次、寄せられている。
 それらの祈りが込められた多種多様な絵柄の作品に共通することは、「つながり」「一体感」だと感じた。被災地の人たちに心に思いを馳せ、寄り添い、励ます気持ちが込められている。人と人とのつながりが希薄になってきたと言われる現代社会にあって、こうした危急の時に日本が一つになろうとしている。その象徴的な姿が、寄せられてくる絵手紙や絵封筒にも表れている。

 そうして集まった絵手紙・絵封筒は、メンバーによって被災者を励ますサイトにも転載され、今後は、生長の家が発行する月刊誌『いのちの環』『白鳩』『日時計24』に一部が転載される。さらにそれらの現物が、避難生活を強いられている被災者の目に触れる場所に展示されたら、どんなに素晴らしいことだろう。それは、救援物資でさえ容易に届けることのできない今の状況では、かなり困難なことかも知れない。でも、ある音楽家が「必ず音楽が必要とされる時がくる」と言っていたように、芸術が被災地の人々を和ませる時期は必ずやってくると思う。

 あの9.11同時多発テロの時にニューヨークに住んでいた日本画家の千住博氏(京都造形芸術大学学長)が話していたことで印象的なことがある。同氏は、テロによってワールドトレードセンターが破壊された時、画家としての自分の無力さを痛いほど感じて、半年以上、絵筆が握れなかったばかりか、自作の絵を見る事さえできなかったという。大きな喪失感と無力感が彼を襲い、絵描きとしての自分のアイデンティティを見失いかけたのだった。
 ところが、ある日、勇気を出して自分の絵を見た時に、「自分の作品には力がある」ことを実感。再び絵筆をとって描き出すとともに、画家仲間に呼びかけて、グランドゼロの近くでボランティアでグループ展を開催し、絵画から立体造形まで多様な作品を展示し、たくさんの入場者に勇気を与えた。
 また、興味深いことに、それまではネガティブな雰囲気が漂っていたニューヨークのアートシーンが、人生を肯定的に捉えるポジティブな作品が続々と発表されるなど、一変したという。作家自身が作品の制作を通じて、「新しい自分を発見した」ということだ。

 私たちは今こそ、勇気を出して肯定的なメッセージを作品や言葉で力強く発信し続けたい。それが、被災者のみならず国や自分自身の運命をも良き方向へと導いていくに違いない。

 小関 隆史

2011年3月20日

2011年3月18日 (金)

わだんだふる・わーるど(55) 星からのメッセージ

Full_star031811 大震災の日の真夜中
「小関さん、ちょっと来てみて!」
冷静な君の興奮気味な声に
慌てて外に飛び出すと
「上見てご覧」と夜空を見つめる君
そこにはまるで
金色に輝く小さなスパンコールを
端から端まで空一面にまき散らしたような
ゾクゾクする光景が広がっていたね

「こんなのは初めて。なぜだろう?」と君
「街の電気が消えたからじゃないかな」と私

ひょっとすると
自然はいつもこんなにも美しい姿を
私たちに見せてくれているのに
ただ私たちが見えなくしていただけなのかも

自然は人に害を与えようとして
大きく揺れたんじゃないと
その時、心の底から思った

キラキラ、キラキラまたたきながら
こちらを見つめる星たちの瞳は
どこまでも清らかで優しかったから

私は信じてる
きっとあの夜の不思議なきらめきを
君と再び語り合える日がくることを


被災地の友に贈る
小関 隆史

2011年3月18日

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